その後のこと
騎士団長、動きます。ちょっとですが。
「ですから! カノコ様が最近、お元気がないんです」
花乃子付きの侍女の一人が、宰相に訴えている。先程、侍女たちが数人、面会を求めて執務室にやってきたのだ。
宰相の方は少々、迷惑顔だが、聞く耳を持たないわけではない。どういうことだ?というように、侍女たちの顔を見やった。
「私たちには笑顔を向けてくださいますけど、お食事の量も減ってますし、ぼんやりしている時間が増えていて……」
数カ月、聖女についての調べ物をしていた間は精力的に動いていたし、食事を運んでいくと喜んでくれたが、調べ物が終わってからは部屋に籠もりがちで、朝、起きた時に目が腫れぼったいこともあるのだと、侍女たちは代わるがわる語る。
「で、私にどうしろというんだ?」
「お仕事です!」
「仕事?」
「カノコ様が、やりがいを感じるようなお仕事があれば、きっとお元気になられます」
「……で、やりがいを感じるというのは、具体的にどういう仕事だ」
「それは……」
その点については、侍女たちは思い浮かばないようで、お互いに顔を見合わせて黙り込んだ。それを見て、宰相は「取り敢えず、本人の希望も聞け。それから対応を考える」とだけ返して、侍女たちを追い出した。
◇◇◇
ある日、花乃子はまた、王妃から茶会への招待を受けた。忙しさが一段落したようなので是非、というお誘いである。断るという選択肢は、当然だが無い。
この機会に新しいドレスを作ろうと色めき立つ侍女さんたちと、それを拒否する花乃子との間に小さなバトルはあったが、今回は侍女さんたちが勝利し、あっという間の早業で前回よりも少しきらびやかなドレスが完成した。
そのドレスを纏い、茶会へ向かおうとした時に当然のようにエスコートとして現れたのは、やはり騎士団長である。
「よく……お似合いです」
騎士団長は、やわらかい微笑みとともに花乃子の右手を取り、指先に口づけを落とす。その目には、思いっきりニブチンの花乃子でもわかるほど思いが込められており、侍女さんたちにどれほど言われようと「まさか」と思っていたことが、実は「まさかではなかった」らしいことを、ようやく認識できたらしい。花乃子の全身がカチーン!と固まった……と思いきや、顔が真っ赤に染まる。恐らく、全身が赤くなっているはずである。
花乃子の右手は、そのまま騎士団長の腕に絡ませられ、腕に乗せられた手は騎士団長の右手に覆われた。花乃子の後ろで見送っていた侍女さんたちは、控えめながらガッツポーズや拍手をしている。騎士団長は、彼女たちに感謝の視線を送ると「行きましょう」と花乃子を促し、茶会へと向かった。
一方、花乃子はといえば、歩き始めても依然、動揺中である。カクカクと歩きながら(動揺するって、どうよー)などと頭の中でおやじギャグがぐるぐるしているが、かろうじて口には出さない程度の理性は保っていた。侍女さんたちの様子には、全く気づかなかったが。
顔を上げることもできず、視線を下に向けると自分の手を覆う大きな手が目に入る。と、その手の温かさに、ふと「誰かと手を繋いだのは、いつ以来だろう」と思った。
◇◇◇
聖女について調べ、筆頭魔術師とも話をして、元の世界に戻るのはほぼ不可能であることがわかったことは、やはり大きなショックだった。諦めなければと思いながらも、残してきた母親のことを思うと苦しさが募る。
花乃子の父親は12年前に事故で亡くなっている。何の覚悟も無い突然の別れに花乃子自身もショックを受けたが、それ以上に母親の衝撃は大きく、一人にはできないと実家に戻った。が、多少なりとも立ち直るまでに時間を要したし、自分のためだけの時間を持つ余裕が消え、元カレとの別れに繋がった遠因にもなった。
それなのに、自分まで同じようなことをやってしまったことになるのかと思うと、胸が締め付けられる。花乃子には兄が一人いるが、離れた土地で家庭をもっているし、簡単に母を引き取るというわけにもいかないだろう。
そんなことを思い、このところ、一人きりになれるベッドで、ただただ涙を流し続ける夜が続いていた。侍女さんたちが心配していることもわかっていたが、どうしようもなかった。
「大丈夫ですか」
騎士団長の声に我に返り、花乃子は自分が足を止めていたことに気づいた。
「っ、ごめんなさい。ぼんやりしてた」
「顔色があまり良くないように見えます。戻りますか」
「あ、いえ、大丈夫。遅れちゃいけないわね。行きましょうか」
◇◇◇
幸い、茶会の催される前と同じ客間には、遅れることなく到着した。王妃様はというと、騎士団長が花乃子をエスコートしている姿を微笑ましそうに見て、「今回はズンダーの席も用意させましょうか」とのたまう。騎士団長は無言でそれを固辞し、花乃子を席につかせた後は扉の前に移動すると、それを見て、またころころと笑っていた。
ところが、テーブルにお菓子が並び、侍女さんがお茶を注ぐと、それまでにこやかだった王妃が表情を改め、花乃子を見つめる。
「カノコさん、陛下から話を伺ったわ。貴女の人生を台無しにして、本当にごめんなさい」
おやじギャグを言ってしまうのは、一説によると前頭葉のブレーキが利かなくなっているからだそうですが、おばちゃんも同じです。
「コーディネートはこーでねーと」とか、脳内をぐるぐるします。