それからのこと
登場人物紹介といったところです。
筆頭魔術師ヨウ・カーン曰く、聖女の浄化の力は、その存在だけで発揮されるということで、何をするでもなく普通に暮らしていれば良いらしい。
それを聞いて、花乃子は思わず「何じゃそりゃあああああ!!!」と絶叫したが、聖女の生活は国が保障し、贅沢三昧というわけにはいかないものの、平民よりは、はるかに余裕のある暮らしができる。代々の聖女も、基本的に善良なタイプばかりだった上に年若だったことから、そういう状況を素直に受け容れていたらしい。
花乃子は、たった一人の生活を保障すれば良いというラクチンさ加減が、召喚するだけを繰り返してきた要因だなと、心の中で断じた。
◇◇◇
取り敢えず、花乃子としては悪女になる気は無いし、生活を保障してくれるというなら、自立ができるようになるまでは世話になろうじゃないのと気持ちを切り替えた。社会人生活の長いおばちゃんは、自立心旺盛なのである。ずっと面倒を見てもらおうという気は、サラサラ無い。
まずは読み書きから学び始めたが、幸い文字はアルファベットに似ており、発音もドイツ語やイタリア語のように規則性があってスペルでわかるタイプ。スペルに従って単語を発音してみると、自然に意味が分かるため、読む方は比較的、楽にマスターできた。召喚された当初から会話ができたことと考え合わせると、世界を渡った時に与えられるチートということなのだろう。
書く方は少々、手こずったが、身の回りの世話をしてくれている侍女さんたちが手助けをしてくれたので、徐々に慣れていった。
侍女さんたちは花乃子よりもずっと若く、しかも下級とはいえ貴族の令嬢や奥方だが、気立ての良い人たちばかりで、こちらの世界に慣れない花乃子を親身になって手助けしてくれる。
花乃子が最初にかました重鎮たちへの説教を彼女たちも耳にしていたため、聖女である以前に、一人の人間として気遣ってくれているのだ。花乃子にしてみれば、感謝しかない。あっという間に仲良くなって、和気藹々と過ごしている。
この辺は、最初の説教からこっち“敬して遠ざける”といった態度の国王センヴェーイ7世と王太子アーラレー、それに宰相ボー・カンテーンとは大違いである。別に用もないので、良いのだが。
一方、筆頭魔術師は、花乃子の方から聖女絡みで知りたいことがあると連絡を取ったりするので、それなりに接触がある。花乃子の質問に丁寧に答えてくれるし、花乃子の語る地球の話に喰いついてきたりして、関係が好転してきた。実は、かなりの議論好きだったらしく、夢中になり過ぎて仕事を忘れ、弟子に職場に戻ってこいと引きずられていくことも。ちなみに既婚者、38歳で2人の子持ちである(侍女さん情報)。どんなお父さんをしているのか、なかなか興味深いところ。
そして、騎士団長ズンダー・モーティーは、何故か警護がどうこうとちょくちょく顔をのぞかせてくる。王宮に居る分には、特に警護は必要なかろうと花乃子がいぶかっていると、年若い侍女たちは「カノコ様にお会いしたいからですわ!」とテンションが高い。騎士団長は39歳、強面……もとい精悍な顔立ちで文武両道、しかし未だ独身とのこと。花乃子は「ないない」と一笑に付したが、これまで女性に興味を示したことのなかった騎士団長が何度も顔を出すのは、気になるからだと言い張る。花乃子は、どこの世界も女の子は恋バナ好きなんだなーと苦笑するだけだったが、部下を寄越すでもなく、団長自らやってくるのは事実で、割と好みのタイプの顔は目の保養になるので良しとしている。
◇◇◇
そんなある日、王妃マアンジュから茶会への招待状が届いた。ケガも完治し、生活も落ち着きつつある聖女と親交を深めたいという趣旨だが、要するに、親しみやすい性格だと侍女たちの間で人気が高まっている花乃子に会ってみたいというのが本音らしい。
さすがに王族相手だと、服装とマナー関連が……っ!と焦る花乃子に、侍女さんたちは国王と王太子には会っているのにとコロコロ笑う。
「あの人たちはねー……最初に説教かましちゃったから、今更なのよねぇ」
と、ほっぺたをホリホリ掻きながら言うと、更に笑われた。
侍女さんたちは「カノコ様のマナーは問題ございませんし、ドレスはお任せくださいませ」と、いつもの優秀さを発揮し、花乃子好みのシンプルながら品の良いドレスをあっという間に仕立てさせ、全身を磨き立てて送り出してくれた。
そして、エスコート役として現れたのは、なぜか騎士団長。他意は無いと微笑む侍女さんたちだが、その笑顔は花乃子には他意の塊にしか見えない。そもそも、エスコート役って必要?と思うのだが、一人で行くと王宮内で迷いかねないのは確かで、ありがたく甘えることにした。
「お忙しいでしょうに、お世話になります」
頭一つ分以上に背の高い騎士団長の顔を見上げ、お礼を言うと、無表情に「いえ」とだけ返ってきた。よくよく見たら、耳がほんのり赤いのに気づいたかもしれないが、如何せん、それに気づくには花乃子はニブ過ぎた。
某アイスのずんだ餅、なかなか美味しうございました。