子どもの教育?のこと
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虫のことで、一旦はドン引きされた花乃子だったが、施設を後にする頃には奥様だけでなく、子どもたちとも「また来てね」と言われる程度に仲良くなれた。
キビー坊やに案内されて、幼虫をもと居た場所に戻しに行く時に数人の子が付いてきたので、ついでにほかの昆虫を探したり、元の世界の昆虫だけでなく動植物や鳥の話もしたりしてみると、案外、楽しそうに聞いてくれたのだ。
学校では、自然科学系の授業が全く無いのだそうで、怖がるのも知識が無いせいなのだろう。
読み書き算盤だけできりゃ良いってもんじゃないだろうと、近いうちに宰相を突いてみようと思う花乃子である。嫌がられるだろうが、この国には文部省っぽい省庁はあっても、教育担当とか居ないし。
キビーはといえば、花乃子たちが帰る直前に(ふてくされた顔をしつつも)「ごめん」と謝ってきた。職員の誰かから、お説教をされたらしい。花乃子が「こっちこそ、団長さんといっしょのところを邪魔してごめんね」と謝ると、意外そうな顔をする。
が、謝ったついでに耳元でそっと「団長さんのことが大好きなんだね」と言うと、途端に「うるせー!」と叫んで走り去っていった。
照れ屋さんなのねーと微笑ましく思っていたら、キビーと同じような年頃の女の子……ヒエちゃんが、「あのね」と内緒話のように教えてくれたのが「キビーは、団長さんにお母さんと結婚して、お父さんになってもらいたかったのよ」であった。なるほど、それは花乃子が目の敵にされても仕方ない。
内緒話といっても聞こえたらしいズンダーは驚愕の面持ちであった。キビーの思いには、全く気づいていなかったらしい。帰り道で「あの奥方が、あいつのことを忘れるわけがない」と言うので、花乃子が水を向けると、キビーの両親がいかに熱愛の末に結ばれた夫婦であったことを滔々と語り始めた。ちょっと話し過ぎなところを見ると、多少の動揺があるらしい。花乃子が「そのこと、キビーくんに話してあげたら?」と言うと、ハッと我に返り「そう……そうしよう」とつぶやき、ようやく口を噤んだ。
いつもはズンダーに動揺させられることが多いので、逆の立場は新鮮で、つい口元が緩んでしまった花乃子である。
「でも、お父さんがいれば、お母さんと一緒に暮らせるのにっていう気持ちもあるんだろうね」
キビーに限らず、親を失った、あるいは離れて暮らさざるを得ない施設の子どもたちには、せめて楽しんだり、笑ったりする機会を増やしたいね……と花乃子がつぶやくと、ズンダーは無言でうなずいた。
そういう、何のてらいもなく子どもたちを思いやる花乃子に、ズンダーは地味に惚れ直しているのだが、当の本人はそんなことは全く気付かない安定の鈍さだった。
◇◇◇
次に施設を訪問する時に持参するのはお菓子だけでなく、図鑑のようなものも……と思った花乃子だったが、果たして、見つかるかどうか。特に、昆虫図鑑は期待薄な気がする。それならば、植物図鑑でも動物図鑑でもいいけど……と、寧ろ自分が欲しくなっている。施設訪問から数日後、ようやく時間が取れたので、王宮の図書室に向かった。
王宮の図書室では、植物に関する本は見つかったが、動物と昆虫についてはさっぱりだった。司書さんに聞いても、首をひねるばかりである。ようやく見つかった植物についての本も図鑑ではなく、薬草について書かれたもので医術師用だった。が、それはそれで花乃子には面白いので、じっくり読もうと借り受ける。
子ども向けは王都の本屋に期待するが、それでダメだったら、植物だけでなく、実は昆虫にも詳しい庭師のモッチさんに話を聞くことにした。職人気質で頑固だが、心根は優しいので子どもたちを楽しませたいと言えば、いろいろ話してくれるはずである。
あとは、教育体系よね……と宰相に面会の打診をしたが、「忙しい」とにべもない。まあ、一国の宰相が暇を持て余すことは、滅多にないだろうが。
それならば質問状を書いて提出してみようかという話をズンダーにすると、その必要はないと言われた。そして、3日後の夜に連れて行きたいところがあるので、そのつもりでいてほしいと。
ズンダーの言葉に花乃子が怪訝な顔をしていると、男たちの飲み会の話をされた。基本的にプライベートの催しだが、花乃子を連れて行っても追い出されることはない……いや、させないと断言する。
「いやいやいや! 男の人だけの楽しみに私が行ったら、ただの邪魔者でしょう!?」
「では、何か差し入れを」
「えー、何かって何? あー……つまみ的なものとか?」
「それは良いな。お願いする」
できれば、カノコ殿の手作りで……とにこやかにのたまうズンダーに、花乃子は頭を抱えかけたが。
「あ、何を飲んでるの?」
「ん? 大体、ウィスだな」
元の世界で言うウイスキーのような蒸留酒である。
「凝ったものは無理だけど、何か考えてみるわ」
ズンダーの笑顔にほだされたわけではない……こともないが、闖入者として何かしら手土産の類は必要だろう。すっかり顔なじみになった料理長に、また予備の厨房を借りたいと話さなければと思う花乃子だった。
作者は筋金入りの下戸でございます。