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シラクサの賦  作者: Iz
第三楽章 夜のアリア
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第三楽章 夜のアリア その27

中継基地に設けられた軍議用の小部屋は

東手と北手に一つずつ。それぞれ往復の

行軍に合わせて使用されていた。


シラクサが向かったのは最寄りな東部。


単に体力的な都合もあったが、荒野から

平原へと戻る部隊が用いる東手の方が、

シラクサの目的には見合っていたからだ。



いったいに、平原から荒野へと向かう

「行き」よりも荒野から平原へと戻る

「帰り」の方が襲撃が熾烈なのだという。


魔や異形らにしてみれば当然な話で、

自身らの食卓である中央城砦へ向かう

食材の群れならば、料理としてお出し

されるまで見守り待つ気にもなる。


が、一度皿に盛られておきながら

図々しくも逃げ帰らんとする食材なぞ

不届き千万、万死に値し踊り喰らうべき。


よって餌の「運び手」と察せられる

小規模なものならともかく、東への

大規模な行軍へは矢鱈当たりが強かった。


そのため西行きな少数精鋭の行軍ながら

全力で魔軍に狙われ中なシラクサらには

東手の小部屋にこそ、有益な情報がある。



シラクサはそう考えたのだった。




基本的に、兵站線たる南北両往路の

行軍を主管するのは「駐留騎士団」だ。


駐留騎士団とは平原は騎士団領内、

西方諸国連合軍本部の在る平原西域

最大の都市「アウクシリウム」と荒野の

中央城砦に跨って駐留する旅団を指す。


内実としては平原中央に座す「三大国家」

が回り持ちで派遣する、各国正規軍の

最精鋭旅団だ。


彼らは籠城防衛専門で輸送に係る装備を

持たない城砦騎士団に代わり、百年来、

往路での輸送を専任していた。



現在平原に暮らす4億の人の子のうち

実に7割を内包する三大国家は、数百年

前に起きた魔軍による平原侵攻「血の宴」

とそれに続く平原全土規模の文明崩壊から

の復興に喘ぐ平原各国の中でも、例外的に

常備軍を保有するだけの体力を有していた。


それら三国の最精鋭旅団とは事実上

平原最強の軍隊なのだが、それでも

荒野の魔や異形にはまず、不覚を取る。


だが彼らの目的は飽くまでも輸送。


預かった人資物資を安全確実に届ける。

それこそが彼らにとっての勝利であり

交戦や撃破は飽くまでも余剰。


駐留騎士団は百年来頑なにこの方針を

堅持し、難事業を成し遂げてきた

圧巻の実績を有していた。


要は「逃げ」のプロでもあるわけだ。


絶対強者たる天下の城砦騎士を実に

3名も擁すると言えど、多勢に無勢は

間違いなく、何より戦略兵器の輸送を

目的とするシラクサらには手本となろう。


そう考え、シラクサは駐留騎士団が

往路行軍時に残してきた対魔軍、

対異形戦闘の対策案や実働記録など、

荒野を駆け抜けるのに必要な「生の」

情報の収集に励んだのだった。




元々需要があるからか、シラクサの

求める資料は既に整理整頓されていた。


小部屋の中央には大振りの卓。卓上には

数基のランタンと複数の筆記具。そして

特大な荒野東域の地図が敷かれていた。


また部屋の四隅にはそれぞれ書棚。


どうやら城砦騎士団と各駐留騎士団が

別個に記録や資料を保守し、軍議では

それらを適宜中央の卓に持ち寄って

協議するスタイルらしかった。


早速シラクサも真似てみる事に。


一人きりでの軍議ではあるが、得た

情報や着想は自らの専用座席であり

支援兵器であるホタルへと念話する。


共に平原産なシラクサとホタルには、

荒野の生の知識が不足しているのだ。

現状はこうした手法で情報を蓄積し

検証し更新し成長していく他なかった。



さてシラクサが最初に引っ張り出した

のは、それら資料のうち、一期前の

駐留騎士団だった共和制トリクティア

正規軍「機動大隊」のものだ。



軽装歩兵で構成される機動大隊は、けして

鈍足ではないものの、三つの駐留騎士団の

中では最も遅く、戦力的にも劣っている。


にもかかわらず極めて高い任務達成率を

誇っているのは、逃げ足以外の手段にて

異形らをまくコツを知るからだろう。


シラクサは資料を精査し

そうしたものを確保していった。



次に閲覧したのは今期の駐留騎士団、

フェルモリア大王国の大王近衛部隊

「鉄騎衆」のものだ。


同駐留騎士団は歩騎混成、それも

カタクラフトと呼ばれる特殊な重騎と

軽装歩兵とを組み合わせた奇異な編成だ。


アウクシリウムで対面した鉄騎衆長官

アレケンのアレっぷり、さらにはウカが

化けていた木箱の張り紙をも併せ鑑みるに。


シラクサが参考にできる要素は

蓋し乏しいらしく、さっさと

閲覧を切り上げてしまった。



三つ目に閲覧したのは

「カエリア王立騎士団」のものだ。


カエリア王国の正規軍、かつ王その人の

私兵集団でもある王立騎士団は騎兵のみで

構成され、人馬から車両に至るまで、全て

重装が施されている。


人馬共に練度がずば抜けて高い上、何と

王その人が自ら荒野まで率いてくる。


そのため天井知らずの士気を有し、人智の

外なる異形らへの根源的、本能的な恐怖

すら鼓舞で上書きし敢闘するのだとか。


よって追っ手は大抵無難に振り切るし

往く手を阻む異形らには躊躇なく突撃、

容赦なく轢き殺し猛進する。


魔界たる荒野にて人界と変わらぬ

縦横無尽振りを発揮していた。


ただし彼らには

明確な欠点もまた有った。


平原北方の出自ゆえ、冬季は

氷雪に阻まれ出張っては来れぬ事。


そして軍馬を始めとする装備群が

頗る希少かつ高額に過ぎる事、さらに

何より率いているのが王その人な事だ。


いかな平原全土の安寧のためとはいえ、

国王その人が統治すべき自国を長期に

渡り空けてはおれぬのだから。


ゆえに参陣は春から夏にかけての

短期間に限定され、担当内容も

重要戦略物資の移送に限定されていた。



余りに慮外なこの騎士団の資料も

遺憾ながら参考になりそうになかった。


もっとも三騎士団分の情報を総合し、

現状打破に役立ちそうな良い着想は

得られたらしい。


シラクサは一つ頷きホタルへと伝心、

諸々の算定を手伝わせる事とした。




残る一つは城砦騎士団の資料だ。


元来城砦騎士団は輸送を担当しない。


ただし往路両端域の哨戒と警備、

さらには往路内の基地の建設等は担当

しており、その資料が保存されていた。


それは例えば当基地内に今ある物資の

目録であったり、敷設時の安全確保の

ためにおこなった威力偵察や遭遇戦の

記録であったり。


そしてそこから類推される、往路全域

における異形の分布図であったり。



これらは策の立案に臨むシラクサが

最も切実に希求するものであった。


それまで以上の食いつきを見せつつ、

或いは念話でブツブツと。或いは無言で

フムフムと思考に没頭するシラクサ。



やがて得心がいったものか、

遂に猛速にて書面を書き始めた。




東西に長い楕円をした人の住まう平原。


その西端2割を占める城砦騎士団領と、

さらに西方、魔が統べ異形が棲まう

荒野に孤立した中央城砦を結ぶ、

人にとり最重要たる兵站線。


いわゆる「北往路」内に敷設されたうち

最西端となるこの中継基地は、これまでの

ものとは明確に異なる特徴を有していた。



まずは形状。


これまでの基地は東西方向に流れる

「北方河川」と荒野西域に鎮座する

地獄の毒沼「大湿原」の狭間を縫う

ひたすら直線的な往路の地勢上、

東西に長い直方体を成していた。


だが往路内最西端のそれは「L」だ。


これは俯瞰だ。大湿原に代わって

北へとせり上がる「小湿原」との

境界域に建つ当基地は、L字状だった。


やたらと東西に細長く、南北両側面に

潜在的な危険を抱えるこの北往路を

ほぼ丸一日、ひたすら長蛇で進軍して

きた数百名規模の輸送部隊。


員数の大半が行軍の素人であり、

そのほぼ全てが異形の餌にしかならぬ

力なき補充兵たちにとり、行軍中の

方向転換とは致命の間隙なのだ。


堆積した疲労と恐怖もピークに近い。


結果、餌場であり食卓である中央城砦に

「具材」が着くまで最早待てぬほど

異形がそそる状態を晒す事となる。


それを避けるべく、

安全な基地内で方向転換を。

それがこの基地の形状の理由だった。



その他、他の基地とは明確に

異なっている特徴としては。


往路内に点在する他の基地への補強と

補充のために用いる資材の集積所をも

兼ねているのが一点。


この点は北往路内最東端の基地とも

共通する特徴だ。北往路内に点在する

仮設基地は、両端から内側へ向け新設

されている、というわけだ。


さらに。これに加え、「呂」

の字を左へ傾けたような塩梅で。


つまり小湿原の起こりに合わせるような

恰好で、北方河川が大きく北へ、さらに

西へと蛇行している点だ。


このため丁度Lの字の開けている

右斜め上側、ここに聊か、空隙が。


そう、ごく僅かではあるものの

合戦向きの余地がある事。


また当地の先が隘路を成している事

からいっても、まさに此処こそが

迎撃の要になる、と観る者は観よう。


事実当地では通年、小規模ながら

戦闘が頻発していたし、さらには

呂の字なくびれを利用して。


ここに架橋する事で小湿原を回り込む

時間と労力と危険とを回避したいという、

騎士団側の思惑は百年来、在った。


その城砦騎士団の抱く百年来の悲願は

翌年晩夏、さる英雄の登場を切っ掛けと

した城砦騎士団の大攻勢により、遂に

現実のものとなるのだが。


それはまた、別の話。



とまれ現状の把握としては、ここ

北往路内最西端の中継基地が、他とは

ずいぶん異なっていた、という事。


そして往く手を阻む魔軍による、

恐らく最大規模の襲撃に対峙する

若き城砦軍師シラクサの策謀は、

こうした天地人の要素を存分に

活かして策定されていた。


つまりはそういう事であった。

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