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シラクサの賦  作者: Iz
第三楽章 夜のアリア
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第三楽章 夜のアリア その26

これまでの頑なに規則正しい行軍様式を

かなぐり捨て、脱兎か或いは火達磨の如くに

強引な襲歩強行を完遂してのけた事により。


一行は本来午前四時までに通過すべく

予定していた北往路全体の、ほぼ西端。


往路内で最も狭隘きょうあいな箇所が目と鼻の先な

位置に建つ、最後の中継基地にまで至った。


荒野東域全体を俯瞰すれば、ほぼ東西に

一直線を成す北方河川だが、北往路西端域

では南北に波打ち緩やかな蛇行を見せている。


お陰で大湿原の北西に隣接する小湿原との

くびれ辺りから、北へ波打ち往路を拡げ。


そして南方からせり上がる小湿原に合わせ

これを囲うかのように南へと戻り、丁度

小湿原の北端では十数歩程と、目と鼻の先

にまで接近し、隘路を形成しているのだった。


シラクサ一行が到着した往路内最後の

中継基地は、そうした隘路の目前に。


北往路本来の道幅がかろうじて

保たれている場所に建てられていた。





これまでシラクサ一行はどれだけ敵襲を

受けようとも、まるで行軍速度を変じず、

それ故もあってか逐次敵襲を受け続けた。


一方此度は巧遅拙速の極みとでもいうべき

かなり危うい行軍だったものの、結局道中

一度も敵襲を享受しなかった。


結果としては行軍の緩急の激しさで敵方の

意表を衝き、付け入る隙を与えなかった

格好だが、シラクサはそうした意図を

事前にまるで説明せず。


ただ成すべしと述べたのみ。

そして成されただけだった。


また、同様に。


結果として敵方が遅れをとり、強襲が

止んでいる状況を鑑みるならこれを利し。


いっそ後ほんの少し無理をして、今回の

旅程における最大の難所な隘路をも、

勢いに任せて突破すべき。


そういう機を観るに敏な判断は自然な、

理に適ったものだと考える向きはあろう。


だが、これについては一顧だにせず

触れもせず。ただとく休めと述べるのみ。



いかに鬼謀神算、機略縦横が売りといえど、

ここまで自儘で説明不足だと老獪以上に

難解が過ぎる。受け手に疑念や良くない

心象の一つも生じよう。


そもそもが敵地の只中、襲撃もたけなわな余りに

ガチ過ぎる喫緊状況だ。ほれさぁ休めと

言われたところでほぃほぃ休める

ものでもあるまい。


荒野に入ってからというもの、さんざ

好き勝手に仕切らせて貰っているシラクサも、

流石に此度は周囲の諸々が気になった。


そこで心安らかな休息のためにも

まずは諸々の説明を、と思い立った

ものだが、どうも見込みが甘かった。


シラクサのそんな些細な気遣いなぞ、

同行者らにはまるで不要だったからだ。





「ふー、中々面白かったな。

 っと馬馬! フレックは余裕か。

 輓馬たちは…… ん、まだ元気だな。


 このタフネス。

 流石は騎士団の軍馬様だなー。

 そこらの城より高いだけはある。


 んじゃ俺先寝るわー。1時間ほどー」


と愛馬や輓馬の首をペチペチ。

何やらご機嫌でまくしたて、

デレクはさっさと小部屋へ消えた。


「さて、いよいよ、ようやく食事だ」


満を持して、との形容が余りに

似合い過ぎている、ルメール。



「うちも食べたいわぁ。

 変化はめっちゃお腹空くんよ」


「おぉ、良いとも!

『お望み焼き』でよろしいか」



子供はそうでなくてはな!

しきりにうなずき笑むルメール。


一方ウカはキラリと目を光らせ


「具は何あるん?

 おそばは乗せはるん?」


と問うた。そこはかとなく、

危険な気配が漂っている。



「片っ端から何でもアリアリだ。

 そばは当然、二枚で挟む」


「そらモダンやねぇ」



ウカは満足気に頷いている。

どうやら危険は去ったようだ。


そうしてまるで親子のように、

うきうきランランなルメールと

ウカが調理用の小部屋へと消えた。





他の面々の心労をおもんばかり、というか正直

自分が策の説明をしたくてウズウズを

通り越し飛び出してきたシラクサは、

こうして肩透かしを食らい呆然と。


すると


「ふむ、何かお話が御座いますか」


とどこか殉教者、或いは荒行に臨む

修験者の面持ちで、威儀を正し拝聴の

姿勢を取るミツルギ。


曰く、聞けば人が死ぬという

お師匠様の有難い歌を、日々

生命を賭して拝受してきた彼だ。


疲れていようと腹が減ろうと

軍師の長講の一つや二つ。

いかようにも堪えて見せようとの

硬い決意が岩の如き容貌に滲み出ていた。


(……いえ、結構です……)


そもそも尋常な方々でもなかったな、

と嘆息交じりに思い返すシラクサ。


荒野の死地にて百戦練磨な猛者たちが

常人と同じ神経をしているはずはなかった。

むしろ普通に扱われる方が気疲れになろう。


そもそも兵士というのものは

食う事と寝る事にかけては天才なのだ。


激戦の最中だろうと寝れと言われれば寝る。

敵陣の只中だろうと食えと言われれば食う。


これは軍務以前の常識であり、へばっても

食っちゃ寝すれば元通り。そうでなくては

戦場で活路を見出す事などできないのだった。



「ふむ? どうかご遠慮なさらず。

 私はこの通り、まるで平気ですので」


(いえ、是非ミッチー卿もお休みを)



シラクサは肩を竦めつつそう告げ、

ミッチー卿の厳めしい眉根が八の字に。


呼ばれ方にか、休めとの言にか、

どちらに反応したかはともかくとして

シラクサはさらにミツルギへと述べた。



(此度は『見張りは不要』です。

『午前4時まで敵襲はない』ので、

 まずは休み、英気を養ってください)



「ふむ……?」



(私は皆さんがお休み中に

 書面等を用意しておきますね。

 後程適宜、取り掛かってください)



「御意に!」



ミツルギはしかと頷いて、ルメールや

ウカと情報を共有すべく調理場へ。


その背を見送りシラクサは一人、

軍議用の小部屋へと向かった。

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