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シラクサの賦  作者: Iz
第三楽章 夜のアリア
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第三楽章 夜のアリア その25

遅延は15分と長くはない。

ただし仕手が超常の身体能力を誇るため

実質小一時間分の猶予を得たに等しかった。


また思惟は時に、矢よりも速い。

4億分の20、人智の粋たる城砦軍師が

一心不乱に唯一つの事物を熟考するなら、

光陰を追い越し神魔の域にまで達する事も。


とまれこの15分間で一行は、その様に

いくつかの劇的な変化を手に入れていた。



まずは新造の台車について。

二階部分が増設された。


施工は四隅に柱を立てて、縄や盾等で

囲うだけ。至極単純な力仕事であり、

騎士らには何の難事でもなかった。


やや手間取ったのは二階部分の

床板の強度付けと荷物の積み替えだ。


新たな床板の設置箇所は

元来の天板よりかなり高い。


そこに元の天板を移設して元の積み荷を

全て抜き去り、それらのうち床一面分、

概ね3日分を二階部に敷き詰めた。


台車本来の積み荷であった、残り7日分程の

油樽は、一部以外当基地に備蓄として残す。


また「一部」である十数については布地と

金具で帯状に連ねて複数の弾帯へと加工。

騎士らがそれらをそれぞれ背負った。


さて、こうして出来たほぼ貨車一台分の

相応に大きな空隙へは、当中継基地の

南北に連なる小部屋の一つを丸ごと解体、

再現に必要な最小限を積み込んだ。


北往路上の中継基地は輸送を担う各隊が

一度別所で仮組みした小部屋程度の規模の

ものを、移送用にばらして運んできている。


要は元よりブロック単位での解体や

再構築が容易に行える造りとなっていた。

これを最大限利す格好での作業ではあった。



シラクサの指示によるこの改変は

説明するとややややこしげだが、

表象としては実に明快だ。


要は台車を上げ底にしたのだ。


そしてこれまで以上に大量の油樽を

積んだと見せかけその実限界まで減らし、

代わりに小部屋一つ分、輓馬の耐え得る

限界まで建材を積み込んだ。そういう事だ。


理由は無論、偽装にある。


「高見の見物」を決め込む限り、魔に

その実態を見抜く事はできまいとの肚だ。


それでもバレたならそれはそれで、魔には

屋内すら見通す目があるとの証左になる。


魔の荒野における遍在性の検証が進めば

今後の戦略に確実に活きる。どう転んでも

丸損はない。そういう類の策ではあった。





さて二つ目の変更点は、

一行の行軍編成と内容だ。


これまで一行は輓馬の負担を最小限とすべく

行軍速度を厳に抑え、代わりに完全な休息を

減らして長躯に徹し、一塊でやってきた。


この形態を今セットでは

根底から覆す事となった。



具体的には、まず常歩なみあし


人の歩く倍の速さな馬の常歩で行軍しつつ

シラクサが全力で広域探査を仕掛けた後、

安全域限界までデレクが突出。道中北へと

油樽を放り、河岸や河川にぶちまけておく。


探査域西限に達したらデレクは待機。

それを見計らって後続は襲歩。追いつき

次第常歩に戻し、以下繰り返す手筈となった。



襲歩、或いはギャロップとは

馬の出し得る全速力だ。


訓練された馬特有の上下動の少ない

歩法を金繰り捨て、唯只管に、

文字通り跳ぶように駆けるものだ。


積み荷を安全確実に運ぶべき輓馬には

禁忌とも言える歩法であり、やれば

人も積み荷もしっちゃかめっちゃかだ。

操主が馬術の達人でもなければまず扱えぬ。


逆に馬術の達人なら。例えば平原北方、

カエリア王国の騎士の中にはギャロップの

さらに上を行く跳ね馬振りで屋根から屋根、

尾根から尾根へと飛び交う者すら居るらしい。


がそれは一行のうち最も馬術技能値の高い

7のデレクにすらできぬ事だ。要は不可能。

デレク以外はまるでまったくの論外であった。


よって取り得る次善策として。


転倒だけは避けるべく台車の輓馬を2頭に

増やし安定性を高めた上で、中央城砦の

所持する全ての軍馬に仕込まれている

「緊急帰還令」を発動させる事とした。


緊急帰還令とは、名の通り。


騎手が負傷等で以降の操馬が困難となった

場合に、全てを馬の本能に任せ中央城砦

目掛け全速で帰還させるための緊急措置だ。


よってこれを用いたならば、いかに

輓馬とて死に物狂いで襲歩する。


問題は解除方法だが、これはデレクが

知っていたため、ウカに手早く習熟させた。


これを受けウカは随分小振りな甲冑武者に

化け、輓馬2頭共々新造の台車担当と相成った。





さて、滅法荒っぽい手法だが、

新造の台車の襲歩強行に関しては

これでひとまず何とかなるものとして。


本来輓馬2頭で曳いていた、

戦闘車両はどうしたものか。


解は至極明快にして極めて

説得力の高いものだった。


ミツルギだ。


彼が人力車宜しく

全速力にて岡っ引く。


小振りとはいえ馬車相当、相応に重い

戦闘車両を果たして人の身で曳けるのか。


勿論まずは試してみた。


やってみれば車輪のお陰もあり

意外な程あっけなく軽やかに動く。


そもそもが岩を粗削りした、生ける

武神像が如き屈強さを誇るミツルギだ。


ルメールに負けず劣らず筋骨隆々、

されど重甲冑を纏わぬ上、先刻も戦闘は

全てルメールが行い、ぶっちゃけ暇と余力

を持て余しまくっていた。


その上謹厳で苦労性なので、手持無沙汰さに

勝手に居心地悪くなっており、仕事と見るや

大発奮。いっそ肩に担いで籠にしますか、と

むやみやたらに乗り気であった。


東方諸国に伝来の「籠」なる乗り物の

乗り心地については正直命に係わるレベル

だと書物で知っていたシラクサはこれを固辞。


馬車馬程度の働きで

勘弁して貰う事となった。





とまれこうした次第にて、まずは

デレクが先行し、そこを残りの者が追う。


二番手はウカで輓馬の首に鞭を当てて

緊急帰還令を発動し、荒れ狂う鞍から

吹き飛ばされぬよう、それはもぅ

必死でしがみ付き爆速で進む。


そして輓馬の北側面をルメールが並走。


重甲冑かつ重兵装でありながら

全力疾走する軍馬と同じ速度なのは

最早驚くに当たらぬとして。


いつでもウカをキャッチできるよう左方へ

意識を向けつつも視線と竜笛は北方へ掲げ、

デレクの置き土産な油樽目掛けて適当に

ぶっ放し、火柱を立て威嚇しつつ行軍する。


そして炎が彩る赤い往路をミツルギが

戦闘車両を曳きつつ縮地にて突っ走る。

そういう次第だ。



こうしたいっそ出鱈目な、魔軍の度肝を

抜くが如き狂気に満ちた強行軍は成功した。


お陰で予定に15分遅れの進発ながら

ほぼ倍の距離をほぼ半分の時間にて完走。


このセットの当初の終了予定時刻である

午前2時半きっかりには当初到着予定だった

中継基地を「ぶっちぎり」、北往路最西端へ。


往路出口な隘路目前に発つ最後の中継基地

へと到着して即刻休憩へ。以降4時まで

たっぷり休み、後の展開に備える事とした。

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