第三楽章 夜のアリア その24
苛烈ながらも逐次的かつ散発的。
歴戦の城砦騎士らにはどこか稚拙さ
すら感じ得る先の異形らの猛攻振りは、
その実魔の意向に制御されたものだった。
言わば巧遅拙速の真逆をいく有様は
端から全てを捨て駒と見做し、こちらの
兵器を攻略すべく性能を評価するためだった。
そしてこうした「長期戦略に基づく戦術」は
百年来城砦騎士団が魔に対し講じてきたもの。
つまり力なくとも数多き人の子がその特性を
最大限に活かすための術であって。
人を蟻とすれば津波の如き存在である
大いなる荒神、魔が人に対し、これまでに
一度たりとも採った事のない攻め手であった。
こうした敵情分析を共有したシラクサ一行は
今自身らが間接的に対峙している敵総大将、
「魔」に不気味な異質感を感じていた。
シラクサは一行と見解を共有しつつも
そこに留まらずどんどん深化させていく。
人を蟻と見做せば津波の如き、圧倒的強者
たる魔には元来、いちいち戦略戦術を駆使
する必要など、まるでない。
ただ単に暴れればそれで方が付く。
魔の眷属たる異形らがそうするように、
自然に在ればそれだけで良いのだから。
にも拘わらずわざわざ弱者の側の戦術を
真似てみる、果たしてその心とは。
シラクサは熟慮の末これを
「人への興味」だと解釈した。
もしもシラクサが既に荒野で百戦を経験し
多くの魔なる存在と対峙して、その在り様
を熟知していたならば、或いは別の解釈を
したのやも知れぬ。
だがシラクサは未だ若い。何より智謀を以て
立つ大賢者、城砦軍師の一人だ。強すぎる
知的好奇心も手伝って、自然と何事にも
意味を求め、深慮してしまう傾向はあった。
――先の緩衝域で因縁を付けてきた魔と、
今竜笛に興味津々な在り様の魔とが
同じ存在であると断じるのは早計だ。
そうなると二柱以上の魔が今荒野の
この界隈で概念のまま顕在中である
可能性も、排除すべきではない。
戦闘車両の暗がりの中、ホタルの支援で
騎士団参謀部の有する魔に関する情報を
片っ端から表示して思案に耽るシラクサ。
資料によれば黒の月直後のこの時期は
大抵の魔にとり「休眠期」にあたる。
よって本来なら魔や魔軍の脅威は
顕在化せぬはずだ、とも。
翻って此度の魔は、まったくの新規な
個体の可能性もあるとの事だ。所詮憶測に
過ぎぬとしても、看過はし得ぬ事態であった。
そして緩衝域の詰将棋的な戦術の周到さと
先の行軍での敵の攻め手は、表面的には
同一性を欠いている。もっとも裏の意まで
熟慮すれば、逆に一貫性が高くなるのだが。
――現世に顕現して宴を楽しむ場合と同様、
高次の概念のままでも魔が共闘を企図
し得るかについては、情報がない。
そうなるとこれまでの往路の行軍にも
二柱が同時に関わっていた可能性も
排除できないか。 ……すると先刻の
強襲の真意が随分と、異なったものに?
大広間内で輓馬の入れ替えをするウカや
貨車と兵器の整備をするルメール。また
扉の外で哨戒にあたるミツルギやデレクが、
――足の引っ張り合いをしてくれるなら
付け入る隙は存分にあるだろう。
ここは二虎競食をも念頭に置きつつ
敵方の…… その上でこちらの企図
へと誘導するには、界隈の眷属の……
すっかり静まり返り、シラクサのさらなる
発言を待っているのだという事を失念し
戦闘車両内で表と計算式を羅列して
「……姫? そろそろ定刻ですが」
と申し訳なさげに問われるまで、
ひたすら策謀に没頭していた。
「何や姫さんすっかりと
殻に閉じこもってもぅたねぇ?」
戦闘車両を曳く輓馬の鞍で振り返り
呑気に首を傾げてみせるウカ。
「見たまんまだな……
いやオホン! きっと妙手を
模索しておられるに違いない」
すっかりと地が出始めた感の
あるルンルン卿ことルメール。
「おーい、まだかー」
そこにデレクが愛馬フレックと
合流すべく戻ってきて
「ふむ、……まさかだごん中りとか……」
とさらにミツルギも。
「中るようなものは一切
入っていないぞ。だごんには」
と否定するルメールのぼそりと
追加された文尾には不穏な影が。
「どぉゆぅ意味や」
(……出汁に何か……?)
とやはり速やかにつっこまれるも、
「出汁は一戦隊の秘伝です。
ゆえにこれを黙秘します」
とつっぱねる、栄えある第一戦隊
教導隊長な城砦騎士ルメール。だが
(監査請求、出しますね)
「魚醤と甘味噌、麦焼酎です」
その手のひらは瞬時にクルリ。
こればっかりは是非もなかった。
(成程…… 魚醤とやらが曲者ですね)
入手経路の特定と成分の
分析を急がねば、とシラクサ。
「というか姫! 定刻ですが!」
第一戦隊は騎士団中随一の規律を誇る。
時間厳守は軍紀以前の常識として徹底
教育されていた。
もっともトップや一部幹部は割とルーズ
というかフリーダムであり、戦隊副長
セルシウスや教導隊長ルメール等は、常に
上司や同僚から割を食わされる宿命にあった。
ゆえに自然と執事風、お小言口調にも
なろうというもの。こうした特徴はルメール
のみならず、第一戦隊員の多くに見られた。
もっとも相手は騎士団内の
非違倦怠を監察する城砦軍師だ。
あまりつつくと藪蛇カウンターが
飛んでくる。ゆえに口調は勇ましげな
ものの、こじんまりとした声ではあった。
(すみません。少々お願いしたい事が)
もっともシラクサはその辺り気にしない。
というか知的好奇心が常に上位にくるため
監察としての顔が表立つ事はなかった。
こうした特徴は参謀部でも軍師の大半に
観られ、真面目に監察としての務めを
果たしているのは監察長と筆頭軍師のみ。
外聞も百聞も一見にはしかず。
馬耳東風とも言うべきか、当人らは
至ってカオスかつフリーダムだった。
とまれ一行の頭脳労働を一手に引き受ける
シラクサの言い分だ。妙手があるという
ならば、これに従わぬはずもない。
こうして当初の刻限を超過。出立は
第一時間区分も中盤に差し掛かる
午前1時45分と相成ったのだった。




