第三楽章 夜のアリア その23
第一時間区分序盤、午前1時20分、
連戦に次ぐ連戦となった2セット目の行軍
を終えたシラクサ一行は中継基地へと入った。
中継基地はどれも東西に伸びる往路の南側に。
大湿原の外縁部の手前に東西に長い直方体
として敷設されていた。
往路を行軍してきた隊が、陣形を崩さず
そのまま休めるようにと、諸々の配慮が
成されている。
出入口は東西両端に一つずつ。
扉の先は反対側の扉まで続く超特大の
大広間であり、左右たる南北に小部屋が。
小部屋は士官用の会議室や貯蔵庫、
または厨房等として利用されていた。
基地に入ったシラクサ一行は大広間の
ほぼ中央に待機。新造貨車と戦闘車両の
輓馬を入れ替えるべくまずは休ませていた。
「姫、どう観られますか」
図面をもとに竜笛と貨車の
整備をしつつルメールが問うた。
今広間に居る騎士は彼だけだ。
ミツルギと徒歩なデレクはそれぞれ
基地両端の扉の外で敵襲に備えていた。
どう観る、とは無論
先の行軍での敵襲についてだ。
誰の目にも明らかに逐次的で散発的。
撃破を第一義としたものとは考え難く、
一方で明確に何某かの意図を有していた。
単に撃破を狙うなら、全てを一度に
全方位から投入するのが最適解だ。
もっとも、それは結果から遡って
観立てた話だ。個々の群れに即時の
俯瞰的、総合的な戦況判断は困難なもの。
手前勝手に襲撃を企図する野良の強襲と
してならば、納得のいく推移ではあった。
だが、野良であるならば。
1セット目の行軍で既に竜笛の脅威を
まざまざと目の当たりにして懲りている。
忌避する火を吐く「化け物」に怯え、
その結果シンと気配を消していたのだ。
にも拘らず、呑気にのこのこ焼かれにくる。
これが人より聡い異形の所業とは、到底
考え難かった。
であれば三々五々の強襲は異形の意思
によるものではなく、より上位の存在に
強制されての事だろう。
要は異形が妄信し盲従する荒神、
魔の意向によるものと見做せよう。
だが、魔の意向であるならば。
荒野の一切所、一切時に在りて遍く
神羅万象を俯瞰する神の如き魔ならば
総合的、帰納的かつ機能的な判断に基づき
先の自明な「負け戦」を首謀したと見做せる。
平たく言えば「わざと」死なせたわけだ。
ではなぜ左様な捨て駒としたか。そこを
ルメールは問うていた。
荒野の死地に早6年、闇夜の宴を経験し
異形の軍勢のみならず、荒神たる魔とすら
直に戦った経験を有する城砦騎士ルメールだ。
今宵が初陣の軍師に問うまでもなく、
歴戦の胸中に解と確信を有している。
だが、それでも敢えて問い、答え合わせ
を望んでいた。それ程までにこのうら若い
城砦軍師の力量を信頼し切っていたのだった。
(試していたのでしょう)
とシラクサ。
その念話は戦闘車両の支援を得て増幅され、
基地両端の扉の外に控えるミツルギや
デレクの下へも届けられていた。
(火力、範囲、射程、装弾数……
未知の兵器の諸元を詳らかにして
後の戦局に活かすべく、敢えて眷属を
捨て駒にしていたと観て、宜しいかと)
成程、と各個に頷く騎士3名。
誰もが同様に答え合わせをし、
正解であったと安堵してもいた。
そして
「初見の魔に騎士団が採る手と
全く同じという訳ですな……」
と苦笑するルメール。
ルメールの声は基地の外まで届かぬが、
ミツルギやデレクも全く同じ事を考えていた。
人魔の大戦の最前線たる荒野の只中、
陸の孤島、中央城砦で百年来、魔軍の
猛攻を凌ぎ続ける、城砦騎士団の。
敵軍総大将たる荒神、魔に対する処法は
最初期より常に、首尾一貫していた。
およそ年に一度の間隔で起こる「黒の月」。
夜が真なる闇で満ちるその一朔望月中に
興る、魔軍の城砦への総攻撃「宴」。
その宴の最中にのみ顕現するとされている、
荒野に在りて世を統べる大いなる荒神「魔」。
戦力指数が優に100を超え、一時に
千しか揃わぬ城砦兵士を万集めたとしても
敗色濃厚な天変地異大災厄の具現たる存在。
それが、魔だ。
しかもこの魔は複数存在し、眷属たる
異形の軍勢を率い、さらには時に魔と
魔が連れだった上で、攻めてくる。
まともにやり合えば城砦とて騎士団とて
一たまりもなく、基本的には叡智と死力の
限りを尽くし何とか朝まで防戦、凌ぎ切る。
その際重要となるのが顕現した魔の識別と
個体としての諸々の情報、戦力分析だ。
具体的には。
初見の魔に対しては徹底防戦、兎に角
凌ぎつつ解析を進め、二度目の顕現で
その顕現周期を把握、次回を予測しつつ
色々な攻め手を模索し始める。
それを元手に次の顕現までの十数年で対策を
講じ、三度目の顕現から徐々に攻勢を強め、
徐々に凌ぐのではなく、追い払うように。
さらにあわよくば追撃し、魔の自力が
半減する日中に潜伏先を決死隊で強襲し
遂には極稀ながら、これを討ち取る事も。
こうして1体の魔に対し、最低でも数十年
の歳月を。そして膨大な戦死者を代償に
対処法を確立し、いずれは勝利を掴み取る。
それがこの百年来、そしてこの先百年でも
城砦騎士団が続ける戦いの手法なのだった。
そして嗚呼、言われてみればその通り。
竜笛に対する魔の処方とは、城砦騎士団が
百年来採り続ける強大過ぎる敵への対処法と、
とてもよく似ていた。
ここに3騎士は戦慄を禁じえなかった。
何故なら彼らがこれまで戦ってきた魔の中に。
いや、彼ら3騎士だけでなく、
城砦騎士団がこれまで歴戦してきた
魔の中に、かくも人の手法と酷似した
やり方で、戦に臨む魔は居なかったからだ。
緩衝域での事といい、今彼らが間接的に
対峙し応戦している、この魔なる者は
確かに、もしかしたら。
これまでに遭遇例のない、全く未知な
魔なのかも知れない、と感じ始めていた。




