第三楽章 夜のアリア その22
北往路を往く旅程の後半における
最初の1セットを無難に終え、
一行は三度行軍へと戻った。
時刻は日付変わって第16日目の
第一時間区分序盤、午前0時30分。
予定に寸分の狂いもない進捗であった。
2セット目も特段足を止める事なく
実にスムースに、予定通りに行軍は進む。
ただ、予想は大いに裏切られた。それも
悪い方向に、だ。
1セット目では多大な戦果を挙げた
謎兵器「竜笛」に怯え、白日の最中でも
そうはないほどの平穏に満ち満ちた往路に
またぞろ異形の気配が戻って来たのだ。
まずは先刻同様前方より魚人。
数はやはり10体だ。
が、陣容は大きく変じている。
先刻は雪崩れ込むような一塊だった
ものが、前衛5後衛5と陣形を形成し、
かつ前後の間隙を大きく空けていた。
竜笛を用いこれを迎え撃つルメールは
先刻と異なり右手の引き絞りをやや緩め、
時間を掛けて徐々に引き、炎は先刻より細く
長いものとなって魚人の後列をも巻き込んだ。
そして同様の仕方で再度放って
合計2射にてこれらを焼き尽くした。
竜笛とは、平たく言えば超弩級の霧吹きだ。
側面の取っ手を強烈な膂力で引き絞る事で
空気を極限まで圧縮し、兵器内部後方で
ベクトルを変えて砲身たる筒へと繋がる
前方の極小の穴へと送る。
圧縮された空気が極小の穴を通過する際、
穴の先手に取り付けられた油樽の油が
霧状になって巻き込まれ、空気共々
砲身の先から豪速で噴射される。
そうして噴射口の先に取り付けられた松明
で着火。燃え盛る霧となって敵へと届くのだ。
ただの霧吹きなら至近距離にしか届かない。
だが人の背丈に数倍する砲身を通し超人的な
膂力で加圧したなら御覧の通りの有様となる。
とまれ機構としてはそこまで複雑なものでは
なく、その分操主の力量が反映され易かった。
つまりただ怪力な膂力だけでなく微細な
調整もこなせる器用さも有するルメールが
用いてこその兵器であって、そうした点でも
軽々な量産化は難しいと言えた。
さて2射を終え、襲撃を平らげた
ルメールは暫く再度の襲撃を待ったが
例によって異形の気配がシンと途絶えた
ため、その隙に再び撃った分の再装填を。
すると終えたか終えぬその折に
シラクサが再度の敵襲を報じた。
襲撃は先刻同様前方から。数も同じ。
だが今度の陣容は横長だった。10体を
往路の幅一杯に拡げ、一行の往く手を阻む
かのように押し寄せてきたのだ。
もっとも。これまでの数射で竜笛の
操法に随分馴染んだルメールにとっては、
大した問題とはならなかった。シラクサの
正鵠無比な指示に従い角度を確保し膂力を
調整しつつ、竜笛を左右に振るだけだ。
先刻同様やや長めに、代わりに
炙り上げるように左右に揺らして1射、
2射と満遍なく往路共々焼いて仕留めた。
その後は例によって凪を挟み、
ルメールが戦術的な再装填に励む
最中、三度の強襲が発生した。
まずは前方より魚人5体。
次いで後方より鑷頭1体。
すなわち挟撃であった。
ただ走るだけの魚人と突進による瞬発力が
ある鑷頭では移動速度に雲泥の差があるが、
まずは魚人を当て、そちらに気取られた
隙を衝いて鑷頭が殺到するよう、双方が
速度を絶妙に調整していた。
とまれ一行は西進しているので、
まずは前方から迫る魚人へと対応。
竜笛で2射し確実にこれを焼き払った
後、ルメールは振り返り後方へも2射を。
鑷頭は突進能力こそ抜群だが左右への
フットワークは魚人以下だ。お陰で
一発で巨体を包み込めたものの、
とにかくゴツいので燃え難い。
結局1体を消し炭にするのに
魚人10体分な2射が必要となり、
合計4発を連続消費する事となった。
だが、敵襲はまだ続く。
お次は側面の川面より鑷頭だ。
派手な水飛沫と共に河岸へ躍り出た。
鑷頭の腹積もりでは飛び出しで脅し、
落下後間髪入れず突進して敵陣を崩す。
概ねそんなところだったろう、が
襲撃は事前に予見され、攻め手も
看破されていた。
一行として、一番喰らいたくないのが
側面からの急襲なのだ。これを
警戒していないはずがない。
先の緩衝域での会戦でシラクサは
羽牙に魚人、そして鑷頭の音紋の
潤沢な標本を手にいれていた。
そしてシラクサは戦術兵器たる戦闘車両と
これを司るホタルの支援を得て、常時
全方位への広域探査を遂行中だ。
闇の中で生まれ育ったシラクサの
空間把握能力は最早超常の域にある。
水中や泥中をも完全に走査し尽くし、
いかなる奇襲をも許さぬのだった。
前後の敵を把握したその時点で
とうに横に迫る敵をも捕捉しており
適宜対処を通達済みだ。そして事前に
判った敵襲を絶対強者が捌けぬ訳がない。
水面に躍り出た鑷頭が河岸へと着地する
その折には既に、着地点は火の海だ。
鑷頭は背面な上部の皮こそ岩のようだが
地面に面した腹側の皮はしなやかで薄く、
火の通りが良い。
それは自身も承知しているため、
威嚇の咆哮はすぐに絶望の絶叫へ。
後方からの鑷頭とは打って変わって
軽やかに着火、2射目で川面ごと焼けた。
これまでは次弾に余裕があった事もあり
追撃に備え残身を取り、余裕を持って
再装填にあたっていたルメールだが、
此度は全て撃ち切っている。
実直な性格も手伝い、火炎の残滓が
敵の攻め手を多少なりとも妨げるうちに、
と可及的速やかな再装填へと取り掛かった。
するとこれに呼応して、
西手の茂みより羽牙が飛び出した。
数は3、狙いは新造の台車と竜笛に
絞り、急降下突撃を図るものと観えた。
だが羽牙に対しては当初よりデレクが
警戒を担当。また水中や泥中すら探査し
得るシラクサが事前に伏兵を報じてもいた。
茂み上空で高度の頂点に達した羽牙らは
急降下へと移行すべく静止したその一瞬を
纏めて放たれた火矢の3矢にて過たず
射抜かれ、そのまま再び茂みへと。
さらにデレクは空いた右手で腰の小袋を
羽牙の落ちた辺りへと掬い上げるように
投げつけ、さらに火矢でそれを追撃した。
小袋はちょうど茂み上空で射抜かれ、
中に詰まった多量の可燃物が火の雨と
成って茂みへと降った。
不慮の墜落で茂みに引っかかっていた
羽牙らはこれをもろに浴び、甲高い
悲鳴をあげながら一層に炎上。
一方のデレクは躊躇なく可燃物と火矢を
せっせと送り込み、湿地かつ生木で
燃え難いはずの茂みを強引に焚き上げた。
お陰で極狭い範囲ながらも篝火の如く
火勢も煙も高らかにあがる。お陰で仮に
羽牙に残りが居たとしても往路へ飛び出す
どころではなくなり、西手は一応の
安全域と相成った。
西手の茂みの炎の明かりは、その先に
ある中継基地の陰影をも、仄かに
浮かびあがらせていた。
行軍開始より一度も速度を緩める事なく
進んできたお陰か、苛烈な戦闘状況を
経験しつつも進捗自体は順調なようだ。
一行は此度の50分間の行軍において、
魚人25、鑷頭2、羽牙3と遭遇し
その悉くを撃破した。
1セット目を遥かに上回る、
先の緩衝域での会戦をすら
彷彿させる大激戦だ。
これが夜の荒野を往く無謀の代償か、
と荒野が初めてのウカやシラクサは
痛感すること頻りであった。
とまれ四方の敵を撃退し再び一時的な
凪の状況が訪れたため、威嚇目的で
竜笛を放ちつつ馬足はなお一定を保ち、
一行は無事2セット目の行軍を終え
中継基地へと到着。
先の戦闘状況を分析しつつも、
ひとまず小休止を取る事となった。




