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シラクサの賦  作者: Iz
第一楽章 辺境の宝石箱
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第一楽章 辺境の宝石箱 その8

城砦騎士団の防衛主軍、第一戦隊の駐屯する

理路整然と厳しい城砦内郭北東区画を南下。


前方右より鋭角にせり出す本城東口を越え

さらに進めば、光景はがらりと一変する。


いかにも軍事施設といった北東区画とは裏腹に

当地に広がるのは瀟洒しょうしゃな大路。そして荒野の

対極に位置する東方諸国の城下町だった。


この内郭南東区画には城砦騎士団の主攻軍、

第二戦隊の駐屯地だ。城砦騎士団の各戦隊は

各々負うべき役目が明確に異なっている。


そうした差異が気風にも、そして

施設等にも顕れているのだった。



およそ50年ほど前、城砦騎士団は戦隊制を

採用し、戦闘員の属する兵団を三つに分けた。


まずは兵団総員より、魔軍の猛攻をその身を

以て止める防衛主軍、第一戦隊を選りすぐった。


人より遥かに強大な異形の猛攻をその身を以て

防ぐには、屈強な肉体を重甲冑で覆い、重盾で

備える必要がある。


対異形用の重甲冑は平原仕様の三倍は重い。

軍師の目による基準で膂力値13相当だ。

これは平原における人の子の平均値9を

大きく逸脱しており、さらに重盾が3相当。


装備二つで人の限界に王手だ。

選りすぐりにも程があるためまず大抵は

篩から漏れる。そうして漏れた者たちが

第二第三の戦隊を構成することとなった。


荒野仕様での重装ができぬ者らはその膂力の

大半を武器に割き、第一戦隊員が守備に徹して

見出した敵の虚を衝き、疾風の如くこれを刈る。


千載一遇の好機を確実に獲るには機動力が

重要となる。ゆえに防備は軽装に留め

膂力に余裕を持たせるのが常だった。



荒野の異形の一撃は重甲冑ですら凌ぐのが

難しい。軽装で喰らえば一溜まりもない。

ゆえに第二戦隊戦闘員は死にやすい。


今期の黒の月では正規戦闘員数300のうち

8割を上回る250もの死傷者を出しており

第一戦隊とは対照的に、その大半が死者だった。


お陰で大路は閑散と。大路の東西に立ち並ぶ

東方の旅館風な営舎群も兵士らが余興で営む

店舗群も、すっかりわびしい有様だった。


生還率2割を勝ち抜いた武運と武量の持ち主

たちは、現状多くは当区画の西隣へ赴いていた。


防壁からの支援射撃を担う弓兵隊や中央城砦の

運営に係る一切の業務を担う職人や事務方。

いわば城砦の店員たる者らで構成された

第三戦隊の駐屯地、内郭南西区画に滞在。


平原より緊急増派された補充兵らへの

教導とふるい分け、さらには第二戦隊に好適な

剽悍ひょうかん極まる命知らずらの早期抜擢に励んでいた。





南東区画のほぼ中ほどの東側。俯瞰すれば

東に弧を具えて湾曲する内郭隔壁に沿って、

ちょうど北西をめがけ翼を広げたように

立ち並ぶ、東方風の施設群の中央。

そこには一際大きな館があった。


門をくぐると白砂利や飛び石の敷かれた瀟洒な

庭園が広がっており、やや奥まって本館が。

手前左には大道場。右には廟堂びょうどうが佇んでいた。


廟の手前の白州には幾らかの床几が出され、

東方風の装束を纏った岩から削りだしたが

如き荒武者が数名待機していた。


すいと廟堂の扉が開く。男が一人現れた。

周囲の情景に相応しく東方風の着物を纏い

腰には西方風の剣ただ一振り。黒の長髪を

項で束ね、夜空を彩る羽織へと垂らしていた。


男の姿を見止めた武者らは一斉に頭を垂れ、

男の言動を待ち受けた。やがて男は瞑目し、

武者らに向かって言葉を投げかけた。



「此度の黒の月において

 英霊の列に加わった204名。

 彼らの黄泉路穏やかなるを祈ろう」



この廟堂は10数年前、男が第二戦隊長を

拝命し当館を建てたその折に、戦死した

配下らをまつるべく用意したものであった。



ハッ、と短く黒衣僧形(そうぎょう)の一人が応じ、

荒武者らは厳かに黙祷を捧げた。


深い寂寥じゃくりょうがその場を支配し、

やがて静かに去っていった。



「程なく三戦隊での手続きも済もう。

 既に遺書や遺品は揃えてある。


 これらに見舞を添えて常通り

 アウクシリムまで届けてくれ」


「御意にござります」



黒衣僧形の傍らに座す

別の荒武者がそう応じた。



自身が預かる、いと死に易き兵らに対し、

男は己が身に成し得る限りの事をしていた。


荒野の魔軍の戦闘目的、その根幹には

常に捕食がある。異形は人を喰らうのだ。


ゆえに魔軍との戦における敗北とは

特に軽装な第二戦隊員にとっては

跡形もない死そのものであった。


ゆえに入隊時に遺書を書かせ、

死ねば遺品と共に遺族へと届ける。


その際騎士団や連合軍の出すものとはまた別に

彼自身の勲功を崩し見舞金を付け、少しでも

多くを遺して逝けるよう取り計らっていた。


ゆえに配下のことごとくはこうした主君よりの芳情を

大いに意気に感じ、聖と尊び敬慕を示して

不惜身命ふしゃくしんみょうで死地へと臨むのだった。





「次の便はいつだ」


「3日後に」


これには黒衣僧形が応じた。



「そうか。

 此方こちらの事は心配要らん。

 お前たちも少し羽根休めしてこい」


「そいつぁあんまりですぜお頭!」


「然様です。お師匠様を差し置いて

 然様な真似は致しかねます」



二人の荒武者はこぞっていやいやをし、

命じた男は面倒くさそうに嘆息した。



「心配せんでも閣下の事は

 わらわに任せておけばよい」


「ご冗談をウラニア殿!

 それは閣下最愛のこのセメレー、

 忠勇無双の姫武者セメレーの役目ですぞ!」


「やかましい!

 そして常に図々しいわ!」



荒武者のうち女性2名が吠え始め、

侘びさびは明後日へ吹っ飛んでいった。



「余計な心配事を増やすんじゃねぇ……」



女荒武者らの激しき主張に

黒衣僧形は頭を抱え



「薄れる毛もないヤツは黙っとれ」


斟酌しんしゃくの余地は毛頭なしですな!」


「んだとごるぁあああっ!!」



と文字通り真っ赤になって吠えた。



先刻までの神妙さはどこへやら。

完全に平素のノリで大騒ぎを始めた

戦隊幹部らをげんなりと見やりつつ



「とにかく。頼んだぞ」



と男は一番弟子たる荒武者に命じた。


この男こそは10年以上の長きに渡り

第二戦隊長を務める史上異数、天下無双。


騎士会首席たる城砦騎士長、さらには魔剣の

使い手でもある、剣聖ローディスその人だ。



「お任せくだされ、お師匠様」



岩を荒削った武人像のごとき厳しき容貌に

子供が泣きじゃくりそうな愛想を浮かべ。


剣聖の一番弟子たる城砦騎士。

抜刀隊一番隊組長ミツルギは応じ

きぃきぃぎゃあぎゃあと大騒ぎする

お困り様の群れから一足先に退出した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 人死にを押し付けて平和に暮らしている人間が多そうな世界だな。
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