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シラクサの賦  作者: Iz
第三楽章 夜のアリア
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第三楽章 夜のアリア その20

北往路を往く再開後の行軍では、速度を

そのままに陣立てをかなり変更していた。


具体的にはまず先頭に

名馬フレックを駆るデレク。


これまでの行軍では哨戒を兼ね先行する

事も多かったが、騎馬の機動力を存分に

活かせぬ閉所では奇襲を受けた際の

リスクが増すため、単騎での突出は避け

ペースメーカーに徹する構えだ。


ペースについては速歩はやあし一択。

これは人で言う早歩きであり

速度としては人の3倍程となる。


仮に速歩を1時間続ければ1万6千歩

進める事となる。無論飽くまで理論値で

現実的には極力消耗を抑えるため、常歩なみあし

小休止も織り交ぜねばならない。


今回は中継基地が5千歩毎にある事を踏まえ、

40分で1万歩進み、基地で10分休憩する。

この50分1セットを3度繰り返す。


そうして午前2時過ぎに北往路出口から

5千歩地点な往路内最後の中継基地に

入り、そこで少し長めの休憩を取る。


その後は小湿原脇の狭隘きょうあいな領域を、

恐らくは戦闘しつつ強行突破する。


こうして北往路全体を遅くとも4時までに

通過して中央城砦近傍へ。後は城砦側の支援

を受けつつラストスパート。そういう手筈だ。





さて行軍陣形の二番手は、これまでと

大きく異なり新造の台車となっている。


油樽を満載したこの台車は、これまで

シラクサの戦闘車両を曳いていた2頭の

大柄な輓馬が、基地での休憩の度に交代

しつつ、交互に牽引を担当する。


輓馬は貨車の牽引に特化した膂力と体力に

秀でた軍馬だ。シラクサの乗る戦闘車両は

小型かつ軽量なため、単騎での牽引でも

十分過ぎる程余裕があった。


新造の台車には現状10昼夜分の油樽が

満載だ。その総重量は戦闘車両に数倍する

ものの、むしろこちらが輓馬らにとっては

本来の荷重であった。


よって常歩や速歩は問題なくこなせる。

だがその上の駈歩かけあし襲歩しゅうほは確実に不可能だ。


そもそも馬術技能を有さぬシラクサには

そうした上位の歩法を使用できないため

行軍全体でも速歩が上限だ。


緊急時に速度を上げて離脱する

逃げの一手は元より使えないのだった。

ゆえに謎兵器を用意して火力の底上げを

図った経緯もある。


とまれ行軍の二番手は大柄な輓馬一頭立て

な新造の台車が務め、その右側面、北側に

謎兵器を携えたルメールが侍る。


続く三番手には一頭立てとなった戦闘車両で

輓馬には変わらずウカが騎乗し松明を掲げ

周辺を明かす。そして最後尾にミツルギ。

そういう陣形へと変化していた。





平原西端の騎士団領と荒野東域中央部の

中央城砦とを結ぶ兵站線である、南北の

往路の顕著な差異として。


峻険なる南方の断崖に打ち寄せる不浄の海

たる大湿原との狭間、まさに波打ち際の

難所の如き体を成す南往路と比して。


北往路は直線的で平坦で、ともすれば

平原の大街道とすら見紛う程、特に

中ほどは安穏としているように感じる。


無論飽くまでそう感じるだけで、迂闊に

往路の両端に寄れば、南の茂みから首を

もがれたり北の川面に引きずり込まれたり

と、南往路以上の猟奇的な死が待っている。


だがやはり、百年に渡り十日と空けず

頻用されてきた往路ともなれば、「路」と

呼ぶに相応しい外観と内情を具えてもくる。


馬車が優に5台は並走できそうな

安定して広い往路の中央を、周囲への

警戒を怠らず進むなら、日中は存外に

快適な旅路が楽しめるはずだ。


もっともこれが眷属らの時間たる夜間とも

なると、道行きが西に近づく程に、路上で

異形がたむろしていた。


ここは彼らの土地であり

今は彼らの時間なのだから

当然と言えば当然の事ながら。


異形、特に河川の眷属のうち

最底辺に位置する魚人などが、

一行を襲わんがためでなく。


彼らにとって修羅の巷たる河中から

逃れ、束の間の安寧を求める様な感じ

でもって、普通に陸の路上を徘徊しつつ。


例えば南の大湿原外縁部な茂みへと

寄って騒いで羽牙なんぞを釣り出して、

食ったり食われたりしているのだった。


そんな異形らにとり人の子の一行は望外の

御馳走だ。魔軍も野良もへったくれもなく

とりあえず踊り食いに来るわけで、早速

件の謎兵器が火を噴くという訳だ。


そう、正に、文字通りだ。





一路西へ、速歩を保ち行軍中、


(針路前方、2時方向、距離300。

 魚人、10、こちらを捕捉、接近中)


とシラクサが報じると


「距離300、魚人10、了解」


とルメールが返じ。


行軍速度を保ったまま、軍旗の如く

担ぎ立てていた件の長大な謎兵器を

腰だめに前方の暗がりへ向け構える。



(仰角25度を保持、12秒後照準内)


「仰角25度、12秒後了解(Good copy)



油樽を6つ装着し大人数人分の

重量となった謎兵器を指示通りに

ピタリと構えて速歩を保つルメール。


前方ではデレクが騎射の準備を。

もっともこちらは南方からどさくさを

狙ってくる可能性のある羽牙狙いだった。



やがて2拍、すなわち8秒。



敵、視(Enemies)(in)(sight.)お任せ(Fire)(at)ます( will.)。)


了解(Roger)



さらに1拍、4秒後。


僅かに上向けた長大な筒の先で。


筒の下方から先端の斜め前方へと掲げる

格好で装着されている松明の炎と魚人の

群れとが重なった、その刹那。



ルメールは謎兵器の側面右方に突き出た

取っ手を握り、後方へぐっと引き絞った。



ヴォゴォオッッ!!



巨獣の唸りにも似た轟音と共に、

兵器の先端から燃え盛る霧が飛び立ち、

大気を焦がす紅蓮の虹と成って迫り来る

魚人らへと降り掛かった。


暗がりの往路を朱に染め、めらめらと揺れ

燃え踊る魚人らへさらなる炎霧が襲い掛かり、

程なく全てが崩れ去りゆき、路上に散らばる

小火と化した。

1歩≒80㎝。


また馬の歩法については

常歩なみあし≒分速110m

速歩はやあし≒分速220m

として概算しております。

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