第三楽章 夜のアリア その19
第四時間区分も終了間近となる
午後11時半の事。軍議及び諸々の準備を
整えたシラクサ一行は、中継基地を後にした。
騎士団領内に点在する旧文明の遺構とは
異なり、中継基地は駐留騎士団が頻用する。
よって滞在の後処理は然程なく。
時間はほぼほぼ準備に使われていた。
具体的には、まず第一に。
中継拠点の備蓄である油を
10昼夜分ほど拝借する事だ。
この基地に限らず、荒野に建てられた
人の子の拠点では、異形避け以外にも
様々な事由から、昼夜を問わず常に
篝火を焚き続けている。
そのためどの拠点でも1朔望月分を目安
として油や可燃物を備蓄しており、また
北往路は人資物資の輸送で頻用されている。
10昼夜分もの油を何に使うんだという
問題はともかく、昨今の状況であれば
事後通達で了承の取れる範囲ではあった。
第二として。シラクサは幾らかの図形に
山ほどの注釈を付けた図面を仕上げ、
首を傾げる騎士らへと手渡した。
騎士らは図面を持って基地の資材庫へ。
それぞれ注釈に沿って備蓄してあった
資材や工具、武具等を引っ張りだし、
その驚異的な身体能力をフル活用。
何やらクラフトに励みだした。
出来上がったのは戦闘車両と
概ね同サイズの屋根付きな台車。
そして帆船のマストにも似た、
長大かつ複雑な謎兵器であった。
台車の方は至ってシンプルで、拝借した
膨大な油を樽ごと積み込むのに用いる。
備蓄の油樽は移送の便を考慮してか、
どれも子供の胴程と小振りだ。
また樽一つが一区画の1時間区分分らしく、
積み荷としては120個。台車はこれらを
過不足なく積めるサイズに設計されていた。
うっかり火が点くと洒落にならぬため
基地の備蓄な大盾で外装を。
積み荷たる樽の出し入れは後方ではなく、
右側面に設けられたスライド式の溝からに
なっているのが真新しいと言えなくはない。
だが総体として十分有り得る、
ごく一般的な装備の範疇であった。
一方謎兵器の方は誰の目にも新奇かつ珍奇。
一行のうち最も大柄なルメールの背丈を
2倍した程度、いわゆる長槍に近い長さ
をしており、最後尾には大人の胴程の
箱状構造物が付属している。
箱状構造物の少し先からは腕一本分程の
長さに渡り丸太程度の太さになっていて、
側面に小振りな箱と取っ手が、やや
やっつけ作業で取り付けてあった。
そうした、恐らくは操作に
関わる部位のさらに少し先。
そこには刀の鍔を分厚くしたような、
そして恐らくは力任せにひん曲げた
金具の組み合わせが付いている。
図面によればここにはさらに
本体をぐるりと一周する格好で、
寝かせた樽を取り付けるらしい。
一度に6つ付けられるようだ。
そうした、概ねルメールの背丈ほどの
部位よりも先は、大人の腕程、手首程と
一定の距離で2段階に太さが変じ、先端へ。
筒本体の材質は基本的に木材で、樽の
ように金輪を嵌めてまとめてあるようだ。
ただし筒の内側には金属の管が通っていて、
先端にはそれが露出している。
そして先端域の下方にはまたしても
用途不明の金具が付いている。図面と
注釈を見る限り、ここには使用時、松明
を取り付けるらしい。
謎兵器の外観はざっとみてこの通り。
大きく嵩張る上、乾燥重量は大人以上。
油で満ちた樽6個と松明を取り付ければ
大人二人分は堅いだろう。
恐るべきは、これが携行兵器だという点だ。
用いるのは勿論、3騎士のうちでも明確に
人外の膂力を有する第一戦隊教導隊長、
中堅城砦騎士たるルメールだ。
ルメールは先の会戦で、装備していた
膂力20相当の鉄の手槍の大半を損耗し
新たな飛び道具を必要としていた。
いや、単に手槍を補充したいなら
軽いものだがこの基地にも在る。だが
それでは彼の出鱈目に過ぎる身体能力を
遺憾なく発揮し尽くすには足りぬ。
そこで先の会戦の戦況戦果を十全に踏まえ
シラクサが即興で閃き3騎士がノリノリで
クラフトし、そうして完成したのがこの
謎兵器であった。
「うむ。意外な程しっくりくる」
謎の特大筒状兵器を右手で掴み、
軍旗の如くに振りかざすルメール。
彼曰く、膂力20な鉄手槍の束よりは
現状重みも取り回しも軽いらしい。
樽6個取り付けても誤差の範囲として
問題なく挙動し得るのだろう。
(操作に両手を要しますので、重盾は
台車に積んで置かれるのが良いかと)
第一戦隊精兵隊専用、イチタテとの愛称
でも呼ばれる重盾メナンキュラスは、
大盾に比べれば小振りではあるが、当然
高い防護力に相応の面積を有している。
端的に言って、兵器操作の邪魔だった。
よってシラクサはそう言ったのだが、
何とルメールはイヤイヤをした。
「申し訳ない、それはできません。
何があっても盾だけは手放せない」
姫の命に逆らう辛さがゆえにか、或いは
盾を手放すのがそんなに嫌か、それとも
いっそ、両方か。ともあれルメールは
何だか泣きそうな顔になっていた。
「まぁ判る。三戦隊の弓兵連中も
弓が壊れるとそんな顔になるな」
と笑うデレク。
第三戦隊の弓兵には最早弓依存症
とでもいうべき重症者も多い。
そうした連中は非番時、代わりに
弦楽器を嗜み誤魔化すのだとも。
ちなみにシラクサは未だ与り知らぬ
事ながら、先の会戦で抜群の活躍を
果たした某戦隊長もその一人だ。
「『器用人』なデレク殿と異なり、
我らには取柄が少ないもので。
おしゃぶりを取り上げられた
赤子の如くになってしまいます」
とミツルギも厳めしく苦笑。
ウカが盛大に顔を顰め、
確信犯なのか騎士らは笑った。
(成程、失礼しました。
では背嚢を台車に。重盾は背に)
げにむくつけき有様を想起せらるるその前に、
とさっさと事務的に話題を打ち切るシラクサ。
とまれこうして午後11時30分。
満を持して後半の行軍が再開された。




