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シラクサの賦  作者: Iz
第三楽章 夜のアリア
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第三楽章 夜のアリア その18

それから小一時間程が過ぎた

第四時間区分中盤、午後10時頃。


腹減りに悶えるルメールによる、

本日4度目の食事が完成へと至った。


平原より季節一つ分寒い荒野の只中だ。

今は真冬の装いであり、真冬の夜の定番

といえば、鍋と断じても異論は少なかろう。


ただし、基本具材をブチ込むだけの

鍋にしては、時間が掛かり過ぎている。

となるとこれは十中八九、隠し味という

名の小細工を弄しているに違いない。


お陰で香しき湯気にうっとりとしつつも

一行はやや血眼で件の金魚のひれを探した。


「ん、何だ?

 皆も食してみたかったのか?」


と自身の背嚢はいのうより、良い感じに丸めて

包んだ金魚の鰭を取り出すルメール。


律儀な彼はこの手土産を第一戦隊の、

いやいっそ城砦騎士団全体の資産と

見做しているらしい。


よって今は手を付けず、帰砦後然るべき部署

――厨房で確定だろう――に資料として預け、

専門家による研究を促す腹積もりだった。





「『も』は無い。流石に」


要るならそもそも渡さない、

と身も蓋もなく笑うデレク。



「にしても随分念入りに

 調理しておられましたな。

 例えば何か…… 隠し味など?」



誰もが聞きたい事を問うミツルギ。

基本、生贄気質であった。


「あぁ、気になるか」


と爽やかに笑うルメール。


そりゃそうだ。腹に入るものだからな、

と言いたいのをぐっと堪える一同を代表し、


「えぇ勿論、左様ですとも」


と厳めしき面構えで笑むミツルギ。

とんとじ丼無しで自供せしむる迫力だ。


「何、素材は実に

 ありふれたものさ」


とルメール。


敵地の只中な僻地へと運ぶ糧秣は

多量でも嵩張らず保存が効く、

穀物の粉末が中心となる。


幸い、そして時節柄、荒野自体が

冷蔵庫の様なものなので、今日この場で

使用する前提で生鮮品も届けてくれてある。


だから鍋に踏み切った経緯もあるのだが、


「ただ」


と一拍置き。



「ただ?」


「まぁ、食ってみてくれ」



キラリと輝く歯を見せて

爽やかスマイルなルメールであった。





おぃふざけんな、そのために訊いてんだ、

と誰もがミツルギ風な面構えとなったが

ルメールは屈託なく。腹を鳴らしてもいる。


暴れ出すと厄介だ。

そろそろ腹を括るべき。

そもそも腹減り半端ないし。


そう決意した一同は、有難く

ご相伴に預かる事とした。



「うむ、さぁ食ってくれ。

 第一戦隊名物『だごん汁』だ」



博覧強記なるシラクサは

その冒涜的な名におののいたものの。


「だごん」の正体とは塩団子だ。

親指大に丁寧に練られ整っている。


シェフたるルメールの解説によれば、

単品で主食に値する栄養価が凝縮された、

東方の忍び等が用いる「兵糧丸」にも似た

ものである、らしい。


ただ、兵糧丸は様々な薬効成分を混ぜ

込んで無理なく高栄養を実現するのだが。


だごんは普通に一食分の素材を用意し

それを怪力で捻じ伏せて。文字通り

ぎゅっと凝縮したものなのだとか。


常人では精々拳大が限界とも。

とまれその出鱈目な工程から、これ程

コンパクトな代物はまず第一戦隊でしか

お目に掛かれないのだと、そういう話だ。



要するに小粒で味も程よいため幾らでも

バクバクいけてしまうが、一瞬で莫大な

カロリーがイン。けだし第一戦隊員以外は

確実に持て余す逸品でもあった。





ひとたび中央城砦に着いてしまえば

中々お目に掛かれなくなるため、平原を

去る一行への餞別的に置き土産されていた、

新鮮な肉や野菜をふんだんに盛り込んで。


どうも東方諸国伝来らしき秘伝の出汁で

じっくりコトコトと煮込んだ、その上で。


鬼のような栄養価でかつ旨い塩団子を

そりゃもぅゴロゴロと放り込んだ、

ルメール特製、第一戦隊名物「だごん汁」。


これを、膨大な体力消費を伴う騎士らは

ただひたすらに、バクバクと。シラクサや

ウカはカロリーに怯えチビチビと、兎に角

十分に満喫した後の事。


例によってミツルギが東方の茶を入れ

デレクが入口より外を窺い、ルメールが

いそいそと満足気に後片付けに励む中、

今後の旅程に関する軍議が持たれた。


数値が主題となる話は常に

城砦軍師シラクサの独壇場だ。



彼女曰く、大湿原の東西幅は約5万歩。



北往路入口から既に1万5千歩

地点まで、2時間弱で来た一行だ。


額面カタログスペック通りの行軍を実現できる少数精鋭に

よる行軍であれば、大湿原脇を通過するのに

あと5時間弱要する事となる。


ただ大湿原を終えても北往路は終わらない。

大湿原の北西端には、くびれを経てさながら

ひょうたんの如くに小湿原が横たわっている。


中央城砦近傍に至るには、この小湿原を

ぐるりと回り込む必要がある。その行程に

要するのは、馬の足なら精々小一時間だが。


小湿原と北方河川の狭間はこれまでの

北往路とは打って変わって狭隘きょうあいで、常に

河川の眷属による襲撃が懸念される、とも。


この辺の事情は三騎士には今更だが、

戦闘と旅程の擦り合わせやら可戦臨界の

算出やらは、専門外だ。任せるに限る。


よってウカ共々大人しく念話に傾注、

中央城砦到着までに後約7時間の旅程を

要すると理解して、現在時刻等と比較した。





今は午後10時45分だ。

明日の日の出は午前6時23分。


戦闘車両で日光を遮断できるとはいえ、

せめて薄明のうちには入砦を済ませたい。


薄明とは日の出前後の薄明るい状況を指す。


これは日の出そのもの「以前から」始まり、

季節により異なる緩衝期間を経て日中へと

変ずる。第11朔望月第16日のこの界隈

ならば、薄明時間帯は約90分。


よってかなり乱暴ではあるが、

これを二分し日の出に足した値こそ

此度の特務全体の刻限タイムリミットとみて良いだろう。


つまりどれほど遅くとも、

7時までには入砦せよ、

そういう事だ。


而して残り8時間強。


一見余裕だがここは荒野だ。予断は

一切許されない。ウカや三騎士は

しかと頷き、状況を肝に銘じていた。



そんな中、ふと、

シラクサは思った。



そうした観点で先刻の食事を顧みれば。

栄養価が超常レベルにまで凝縮された

「だごん汁」であった事は。


仮に次時間区分の食事を抜く羽目に

なっても作戦行動に支障が出難くなると

いう点で、最適解な献立であったと言える。



俗に、兵士は食う事と

寝る事にかけては天才だと言う。



それが天下の城砦騎士ともなれば

大賢者、城砦軍師を出し抜くのやも。



……まさかこの状況を予見して?

いぶかし気に深紅の瞳でルメールを。


だごん汁に隠された深淵なる意図を

垣間見ずにはおれぬ城砦軍師シラクサ。



そんなシラクサにルメールは

得意の爽やかスマイルで応じた。

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