第三楽章 夜のアリア その17
荒野の只中に孤立する中央城砦と
平原の人の世を結ぶ、二つの生命線
たる兵站線。うち特に頻用される北往路。
荒野自体が敵地であるため当然危険は
あるものの、魔軍が自身らの食卓である
中央城砦への補給を寛恕し享受するために。
反骨かつ腹減りな野良の異形ども。
特に平素魔軍に与せず余力を持て余し
気味な河川の眷属のちょっかいを除けば
概ね「行きは良い良い」で相違なかった。
また今回は緩衝域での会戦でその余力すら
ごっそり削られ、ついでに普段は在りえぬ
辺りまでがっつり「川焼き」を食らっていた。
お陰で往路での序盤は盤石だ。一行は
馬のための小休止のみを取りつつ可能な
限り先を急ぐ方針で、まずは往路の入口より
1万5千歩地点の中継基地目指し進んでいた。
遠い昔、百万を号する退魔の大軍が
魔軍への楔を打つべく奥地を目指した
「不死鳥の行軍」。
即ち大船団を、沈めに来る魔軍諸共
損害無視、死なば諸共と焼き上げ
ながらに西進せしめるという。
蓋し魔もドン引きの紙一重過ぎる戦術により
魔軍たる異形らの心の奥底には今も、「火」
への根源的な恐怖が刻印されている。
この辺りは平原の人の子が「血の宴」を
経てその本能に闇や異形への未曾有の恐怖
を擦り込まれ、最早抗うという選択肢すら
まともに採れなくなったのと同様だ。
要はトラウマ返しであった。
そうして被害甚大も此処を勝ち抜けた
人の子の威信を回復せしめ来たる決戦に
向け、士気を高めるにも大いに役立たせた。
つまるところ。
退魔の大軍を率いた初代連合軍師長
ユーツィヒ辺境伯、そして彼に従い異邦の
死地への進軍に参画した、勇壮なる百万の
連合兵士たちは、須らく決死の覚悟であった。
長きに渡ろう人魔の大戦を俯瞰し、
端から自身らを捨て駒と規定。
約束された勝利を導く礎として
乗り越えらるべき屍となる事に
終始、徹していたのだった。
後の世のため百万揃って「往きて還らず」
を貫いた彼らの大志、壮挙と偉業は、
百年を経た、今もなお。
数多の星を抱え飛ぶ鳳凰をあしらった
連合軍旗や城砦騎士団へと受け継がれ、
不朽にして不屈の輝きを放っていた。
主たる補給線として、百年来
十日と空けず利用されてきた北往路は
敵地ながらも人の子に随分整備されていた。
具体的には入口より概ね5000歩の
間隔で以て、行軍を小休止するための
小振りな基地が築かれていた。
基地は専ら木と鉄で出来ており、
大隊規模軍勢を囲み得る堅牢な防柵へ
同様に厚みのある屋根を取り付け箱状に。
さらに内部に間仕切りを設け多少の
物資をも貯蔵した、駅宿の如き構造だ。
また基材移送の便や工数削減を目的として
事前に一度組み上げたブロックを運搬用に
バラし、現地で再度組み上げるという
騎士団の十八番、「戦陣構築法」を多用。
お陰で何となれば完成している基地の一部を
再びバラし奥へと運んでそちらで組み直す
という、積み木遊びのような真似も頻回に
行われ、そうして往路全域が整備されていた。
一行が長めの休憩に用いる事とした
入口から四つ目の基地にも、半日程
当往路を先行していた今期の移送大隊
によって新たな資材が運び込まれており、
中にはシラクサら用の品々も。
具体的には相応に嵩張り、しかし
絶対に定期的に必要となる、アレだ。
「うむ! 確かに。
良い仕事をしている」
とルメールが明らか喜ぶ、肉中心の
多種多様かつ大量な食材と、簡素ながらも
一式な調理器具が臨戦態勢で置いてあった。
デレクより、先刻の会戦に混じっていた
極めてレアなる初見の金ぴかな魚人
――センスもへったくれもなく「金魚」
と命名――の鰭を貰って以降。
すっかり腹減りスイッチが入ってしまい、
このままでは行軍ついでに手にした鰭を
ガシガシと噛みしめ始め兼ねぬ勢いで。
次の休憩に入り飯時となるのを待ち侘び
過ぎて挙動不審だった肉の虜ルメールは、
ランランと歌いスキップし兼ねぬ勢いで
早速調理に取り掛かった。
中継基地の外周には昼夜を問わず篝火が
焚かれており、現況をも踏まえればまず
敵襲はなさそうだ。
確認して回ったデレクはそう結論付け、
まずは自ら歩哨に回った。今が一番楽で
あり、多少サボっても問題なかろうという、
彼なりの腹積もりゆえんではあった。
あらゆる武器を達人級で扱うデレクは
当然のように料理も達人級だ。だが彼は
手を抜くための努力はけして惜しまぬ
矛盾しきった性分をも有している。
取り合えず、やりたいヤツにやらすべし。
そういう感じでデレクは愛馬フレックを
基地内で休ませ、自身は屋根によじ登り、
隠し持っていた四戦隊厨房長自慢の肴と
果実酒で以て、青白な今月の月を愛でつつ。
ちょいと飯の時間まで、と
こっそり一杯やり出した。
そんな様に実は気付いていたミツルギは
ちょくちょくデレクの分もと周囲を警戒し
かつルメールを手伝いウカの機嫌も取り、
と自ら苦難の道を往く。
幼いウカは自身が旅するのは初めてだが
継承した知識には旅に関するものも多く、
なんだか耳年増的な風合いでミツルギや
ルメールに絡んでいた。
一方その頃、シラクサはというと。
終了後に纏めて戦況と
原因を報告されたことで。
腹いせもあってか往路に入って以降
直接かつ矢継ぎ早に光通信で質問攻め
にしてくる、中央城砦参謀部への答申に
疲れ切り、へばっていた。
何せシラクサが探求心の権化なら、
あちらは探求心の権現様の複数形だ。
荒野の謎に関する情報もあり兎に角
大興奮で、鼻息荒く問い詰めてくる。
新人への歓迎としては頗る手荒だが
既に確たる戦力と見做し、一切特別扱い
をせぬ所は、シラクサ的に、気に入った。
お陰で入砦後への不安は微塵もなく。
むしろ別の意味で不安ではあるが、
とまれ束の間の休憩を堪能する事とした。
5000歩≒4㎞。




