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シラクサの賦  作者: Iz
第三楽章 夜のアリア
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第三楽章 夜のアリア その16

遥か高みから覗き込むような

青白い月の彩る水底が如き世界に

唐突に鮮血をぶちまけたような赤が。


それまでは白と黒と青で割り切れた世界に

明確な異物たる血溜まりの様な火の海が

現れたのは、ほんの刹那、前の事。


両騎士が連携して羽牙や鑷頭じょうず

撃破した、その最中の事だった。


荒野東域中央の大湿原と北方河川とが

挟みこむ細道、北往路の入口の北岸から

その巨躯の大半を乗り出して大きくうねり

逃げてくる戦闘車両を待ち構えていた大ヒル。


そこに東の彼方から一筋の赤光が迸り、

巨木に勝る胴回りの大ヒルを、2体纏めて

貫き着水。同時に周囲を火の海に変えたのだ。





会敵以降、南方かつ遠方の陸地から

望んでいた、北方河川上の黒い影。


水面に浮きぬ沈みぬするそれらを、

当初シラクサも両騎士もそれら全てが

敵影だと。特に魚人の類だと錯視していた。


平素この付近ではほぼ無いはずの

河川の眷属の出没という非常事態ゆえ

河川上の黒ずみの全てを異形らの体躯の

一部だと決めつけていたが、違っていたのだ。


その実、3割以上の浮沈する黒影は

北城砦の城壁から、此処よりもう少々

上流な東手へと事前に放たれた、ものの。


シラクサ一行が何やら暗躍していたため、

またブークがリサイタルに夢中だったため。


出番を失いそのまま下流たる西手へと

流されてきた、多量の油玉であった。





開戦以降倦まず弛まず状況の観測と

情報の更新を続けていたシラクサ。


彼女は実戦闘に興じる騎士らには中々に

気づき得ぬ、遠方の水面の影らの内訳、

その些細な差異に勘付いた。


あれらの幾らかは生物ではなく静物だ。

では何で何故そこにそうしてあるのか、

また誰の命でそれがなされたのか。


また北城砦へと送った報告への答申、特に

作戦令の発動が、北城砦を中継点として

中央城砦や連合本部に送った上で軍議に

懸けられ結論として出されたにしては、

余りにも早すぎる事。


その他数多の選択肢を照合し消去して

シラクサは、北城砦上に騎士団幹部が。


かつ。


ただでさえ視界に乏しい夜間において

座標情報のみで超遠距離狙撃を敢行し得る、

超人的な腕前の射手が居る事を、看破した。


特に後者の条件が決め手となって、

シラクサは少なくともブークその人が

北城砦上に居るのだという事を確信。


ならばと彼宛てに、彼が当初企図していた

「以上の」距離への座標情報のみによる

超超遠距離狙撃を要請。


こうして断崖に聳える城壁上という好条件

からとは言え、概算距離7500歩もの

彼方の水面に浮きぬ沈みぬする油玉目掛け。


凄絶な、あまりに凄絶な遠矢が放たれ、

美事的中。それも大型眷属2体を纏めて

射抜くおまけ付きだ。


そう、大ヒル2体は目標ではなく、

もののついでに射抜かれていた。


狙いは飽くまで水面の油玉であり、

赤熱の征矢はこれを破砕し着火炎上させ、

後流れきたった他の油玉へも次々飛び火。

辺り一面が火の海と成ったのだった。





「正に神をも畏れぬ御業だな」


突如訪れた夜明けのような

真っ赤に燃える前方川面を眺め、

ルメールは呆然と呟いた。



「作戦令は閣下からでしたか。

 諸々合点もいくというもの」


「そうだな…… まぁアレだ。色々

 鬱憤も溜まっておられたのだろう」



ブークと言えば騎士団随一の苦労人だ。

彼同様、比較的に苦労人気質なミツルギと

ルメールは顔を見合わせ、苦笑した。


観れば北方河川上空では次々と花火の如く

に油玉が弾け爆散し、川面の火の海を拡大。


作戦域に集結し出待ちをしていた

潜伏中の異形らをも根絶やしな勢いだ。


一方陸上に孤立し河川への撤退も不可能に。

正しく背水の陣となった魚鱗陣な魚人らは

余りの状況に狂乱し混乱し尽くしている。


時折未だまともらしき個体が

こちら目掛け投石を試みるものの。


ルメールが重盾でこともなげに弾き、

逆にその石を投げ返し数体纏めて爆散

せしめ、一層の混乱をもたらし間引いた。


さらにそのうち南東から、

こっそり騎影が忍び寄り、突如突撃。

あっと言う間に蹂躙し、ついでに火を

掛け陣ごと見る影もなく滅ぼしてしまった。


「ふー、よく働いたわ」


本陣へと駆け戻ったデレクが肩を竦め、

ミツルギやルメールは苦笑して出迎えた。


確かに方々駈け回り、

八面六臂の大活躍だが

デレクは未だ涼しい顔だ。


今は本陣に並行して往く愛馬たる名馬

フレックの背で両肩に斧槍を担ぎ、

腰やら首やら回し、寛いでいた。





「ほぃ、土産ー」


「金ピカだな……」


デレクがルメールに渡したのは

眩く金色に輝く魚人のひれだ。


「そういえば1体、金色のが

 混じっていたな。どうだった?」


やはり他よりも強かったか、

との問い掛けだが、


「トチ狂って泡吹いてたなー」


それ以前の問題だったと笑うデレク。



混乱し、恐慌すれば戦闘にならぬのは

人も異形も同様だ。この辺りは高度な

知力や精神を有する者の宿命と言えた。


「まぁあちら側から観たならば

 踏んだり蹴ったりな戦況ですからな」


奇策縦横にけむに巻かれたのはこちらも

同じだとも言いたげに、厳めしい顔を

クシャリと笑ませるミツルギ。


「それで、何故これを俺に?」


取り合えず受け取りはしたものの、

と腕ほども長さのある平たく大振りな

背鰭らしき物をピラピラと弄ぶルメール。


拠点防衛を第一義とする城砦騎士団の

軍務の大半において、異形の撃破は

必ずしも求められていない。


人より遥かに強大な相手だ。追い返すだけ

でも上出来という話だが、ゆえに仮に撃破

できた場合には、勲功等の追加報酬が出た。


具体的には異形1体につき、その

戦力指数に200を掛けた値が下され、

それを軍務参加者で適宜分配する格好だ。


大物や上位の眷属においては掛ける

倍率が跳ねあがる。大ヒルや鑷頭は

1体で数千点に上る事もある。


こうした観点からいけば初見となる

金色の魚人にも相応の値が付きそうで、

それゆえに証拠として持ってきたのかと、

ルメールとしては思ったのだが。



「食うんじゃ?」



どうやら腹減りへの配慮らしい。





「食わないぞ」


するめじゃあるまいし、と

いささかしかめっ面のルメール。


「うそん」


「本当だぞ」


ふざけるなこの程度で腹が膨れるか、

いや違う、そもそも魚人なぞ食うか、と。



「お前、第一戦隊(俺たち)を何だと思ってる?」


「怪獣?」


「おぃ」



周囲はたまらず噴き出した。

まぁ怪人ではあるやろなぁ、

とはウカの弁。



「まぁまぁ。でもそれ

 良い出汁取れそうじゃん?」


「……出汁か。

 ふむ出汁、な……」



直接食うのは言語道断。だがしかし。

黄金色の出汁、悪くない。下ごしらえの

隠し味なら、割とアリなのではなかろうか?


と悩みだしたルメールに、ほらみろ

やっぱり食うんじゃんと周囲はドン引き。


とまれ総じて笑顔に緩んだ一行は

最早完全に安全となった往く手を渡り

北往路へと進行、まずは少しでも距離を

稼ぎ、そののち適宜休憩を、と企図した。





なお戦後は一切無言なシラクサだが、別に

寝ていたとか話題が気に食わなかったとか、

そういうわけでは、断じて、ない。


無論好みな話題でもなかったが、単に。


状況終了の報告に加え、時間軸に沿った

戦況遷移と戦術評価、最終的な戦果算定、

論功行賞の資料提出に以降の旅程の上申等。


所謂「戦後処理」に追われて

首も回らぬ有様だっただけだ。



ただ周囲が自分そっちのけで愉快げに

語らっているのが多少頭に来たらしく。



その後の騎士らの会話をも包み隠さず

ログって報じていたため、北城砦上は

軽くパニックに。これをブークが


「糧秣は常に最重要という事だね」


と笑顔で何となく良い話に纏め。


騎士団第一戦隊恐るべし、

食料だけは切らすべからず、と

いう事でひと段落し、戦況を終了した。

7500歩≒6㎞

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