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シラクサの賦  作者: Iz
第三楽章 夜のアリア
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第三楽章 夜のアリア その15

布陣最奥で守備されるべき本陣を前線へ。

シラクサの採ったこの策は、正奇で

言えば間違いなく奇。


奇策とは、よく虚を衝いて敵を惑わし

失策させ、自滅に追い込むためのもの。

本質的に、詐術なのだ。


然るに敵がこれに惑わず、正奇を看破し

然るべき対処を取ったなら。奇策は

容易に失策へと転ずる。


要は子供騙しの類なのだ。

よって子供以外に仕掛けた場合

反計され十倍返しと相成るは必定。


こうした次第で魔は判じ軍勢が挙動。

捨て駒を捨て駒として適切に用いつつ

けだし本来の企図通りに包囲殲滅へと移行。


結果としてシラクサら本陣は

季節外れの飛んで火に入る虫だ。

戦闘車両を司る名がホタルなのは

悪意に充ち満ちた皮肉めいてもいた。


もっとも。


読み合いとは常にどこまでも

果てなく深化していくものだ。


色も形もないくうの世界で繰り広げられる

騙し合いの最中、判ったこれで読めたぞと

見切りを付けるのは慢心の温床と成り易い。


自身が思い至れる事は、当然

相手も思い至れるのだ。


思考の迷路に遊ぶ地獄の神経衰弱は、

先に降りた方が圧倒的に不利となる。


そう、常に、お互いに。



「さすがにこれはバレへんやろ、と

 タカくくるうちはバレるもんやねぇ」



と言う事なのだ。


絶対にバレない手を使いたいなら、

盤外から闖入ちんにゅうせしめるような

鬼手魔手禁じ手に頼るしかない。


例えば本来この界隈に居ない羽牙を

動員し、迂遠な伏兵と成したように。


そして敵襲の予見以降、唯一人、

唯只管に戦局を観測し戦況を分析し

時に献策もする城砦軍師シラクサが、

あらゆる変化に対応し、情報を更新し



「報せ続けていた」



ように。





「あの歳で、

 しかも初陣であの冷徹さ。

 正に城砦軍師の面目躍如だね。

八意思金神やごころおもいかねのかみ』の化身の様じゃないか」


私が此処北城砦に居る事も、とうに

露見して居たか、と苦笑するブーク。


供回りの掲げる戦域図と通信使の報じる

座標とを擦り合わせ、天地の狭間を濃厚に

満たす、深い、深い闇を見据えた。



「そして…… あぁ。

 武人の扱いも心得ている。


 斯様にたのまれては

 応えない訳にはいかない。


 次の宴への良い修練にもなるしね」



薄っすらと、だがその場の誰もがそれと

気づく程、総身より神韻縹渺しんいんびょうびょうたる

英気を発して。



「さぁ天地あめつちよ、鬼神おにがみよ。

 我が弓我が矢、とくと御覧ごろうじろ」



そして、神をも畏れぬ技能値10。

唯一人、天下一の弓取りたる

城砦騎士団第三戦隊長。


城砦騎士クラニール・ブーク

連合辺境伯は、愛用の大弓「夕雁ゆうかり」に

煌々と赤熱を放つ征矢をつがえ、びょうと射た。





ひたひたと寄せる鑷頭じょうずを目隠しに

展開遷移する魔軍の布陣の意図を悟り


「ミツルギ!」


「応ッ」


両騎士は短く交わし、挙動した。


ミツルギは神速の縮地を以て戦闘車両へと

殺到し、一方ルメールは鑷頭らに串刺した

鉄槍を引き抜いてまわった。


1拍と待たずに戦闘車両の

間近へと迫ったミツルギは、


「姫様、御免ッ!!」


と短く吠えて小さく跳躍。戦闘車両の

天井を足場としてさらに大きく宙へと跳んだ。


本来居た西手の大湿原外縁部から

一旦南下し捕捉範囲から外れた上で

西進し北上、と迂遠な経路で戦闘車両

への奇襲を狙っていた、羽牙の残党2体。


魔による策の成功を確信して已まず

余裕を以てまずは馬上の小物から、と

胴そのものたる巨獣の顔を不気味に歪め

まさに急降下せんと図っていた羽牙らは。


そこそこの距離をあっという間に詰めて

唐突に跳ね、自身らへと白刃かざして

飛び掛かって来た無頼すぎる敵に慌てた。


ただし恐慌し、狼狽する所までは

いかなかった。なぜならどれほど人が

高く跳ねても、空の羽牙には届かぬからだ。


羽牙の平時の飛行高度は概ね15歩分。

一方如何に屈強と言えども人の子の

垂直方向への跳躍は数歩分が関の山だ。


よっていかに常人に倍する膂力を誇り

助走を得た上で二段飛びしようとも、

そこからさらに目一杯手を伸ばし

白刃を突き立てようとも。


さらには急降下中ならまだしも、

目前の高さを保った状態では、

届くはずも無かった。


むしろ徒な高さによる着地の不安が勝る

有様だが、さすがにそこは無難にこなし、

ミツルギは衝撃をいなし舌打ちしつつ

天を仰いだ。


ミツルギの成したこの挙措は、

まるで無為、とはならなかった。

何故なら羽牙が目標を変じたからだ。


羽牙らとしてはいつでも喰らえるウカや

車両より、降下急襲中に横合いから襲って

くる可能性の高い、しかも今は着地の衝撃で

うまく動けぬミツルギの始末を優先した。


そしてそれこそが

ミツルギの狙いでもあった。



戦闘車両の南方数歩の地点に落下して

南向きで天を仰ぐミツルギ目掛け、南から

迫っていた羽牙らは死角を取るべく東西に

分離、ミツルギへ両側面から降下強襲した。


と、南東から。


ぼっと燃え盛るような暴風が吹き荒れ、

まずは東の羽牙の胴体を粉砕。さらに

西の羽牙の両翼を引き裂き撃墜した。


ミツルギを囮として敵の機動を限定、

そこを過たず貫いたのはルメールの

放った膂力20相当の鉄の手槍だ。


ルメールはミツルギとの阿吽の呼吸で

連携を企図し、見事1条の鉄手槍にて

2体纏めて貫き屠ったのだった。





手槍の束を近くに突き立て、まずは

北西目掛け渾身の一投を放ったルメール。


北方よりひたひた迫った鑷頭3体は

ルメールが他所を向いたその隙に乗じ

後衛陣に。さらに3体揃って一気に突進し

ルメールとの距離を10歩程に詰めた。


驚異的な膂力を活かした鑷頭の突進は

恐ろしく鋭く早く、巨躯ゆえ距離も

十二分に稼ぐ。だがその反面断続的で

突進と突進の合間には一定の凪が有る。


そして、これもまた。

誘引されたものだった。


右腕を袈裟に振り下ろし、北西へと渾身の

一投を放ったルメールは、膂力の流れに

逆らう事なく時計回りにそのまま横回転。


しざまに残る鉄手槍を纏めて引っ掴み、

薙ぎ倒すようにして、一気に放った。


超人的な膂力で薙ぐように投げられた

鉄手槍は始め北へと纏まって飛翔し

その後放射状に散開。


突進の狭間な硬直中にある鑷頭へと

恐るべき速度でほぼ水平に衝突し、

頭部から尾までを破砕しつつ貫通、

超特大の串ものに。


絶叫を放つ事すら許されず死に絶えた

鑷頭3体の顛末を確認し、ルメールは

北西へと駆け、本陣たる戦闘車両と合流。

ミツルギ共々北西を目指すべく本陣の

右翼、北方を警戒した。



常人が半年持たず死に至る

荒野の死地に早6年。


無数の修羅場が培った両城砦騎士の判断と

連携には、城砦軍師の策に頼らずとも

戦局を変え得るだけの力が有る。


自前でそれだけの力を有するからこそ、

彼らには城砦軍師を用い、より大きな

戦果をあげる事が許されているのだ。


そして今一人、両騎士よりもさらに上の

次元で戦局を、戦略を描く事が許されて

いる、戦隊長級の城砦騎士の手によって。



本陣北西、北往路の手前では

巨大な2本の火柱が火の海の中、

よじれ、もがき、踊り狂っていた。

「歩」≒80㎝。

大人の歩幅1歩分であり、城砦歴106年時点で

最も一般的な、長さを表す西方諸国連合制式単位。

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