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シラクサの賦  作者: Iz
第三楽章 夜のアリア
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第三楽章 夜のアリア その14

天下分け目の大一番で

いの一番に総大将が逃げる。


そんな挙動で敵を惑わし

緒戦の完勝に貢献した本陣は

そのままゆるりと浅く北西へと。


俯瞰すれば既にミツルギやルメールの

立ち位置よりやや北に差し掛かっていた。


一方シラクサの術中にはまって鑷頭3体を

敢え無く失った魔軍だが、代償のお陰で

移動した敵本陣への対応は盤石であった。


まずは北方河川より新たに鑷頭3体を

上陸させ、南侵第二波として両騎士

目掛けて南下させた。


瞬殺に終わった先刻の状況を鑑みれば

また同数を送っても結果は自明。

だがそれでも躊躇なく送り付ける。


この事は第二波が捨て駒である事。

さらなる戦術を導く布石である事

を意味していた。


事実ひたひたと南進する鑷頭を目隠し

として、魚人らの敷く魚鱗の陣は

敏速に方向転換を試みていた。


具体的には先手であった南の部曲がやや南進。

そうして空いた北後方の空隙に東奥の部曲が

割って入り、南北並のびとなった2部曲の

中央前方を占める形で西奥の部曲が南西へ。


こうして陣形を保ったまま南から西へと

その正面を変更し、その上で全体として

やや南へと寄った。





同時に北方河川の川面では、

さらなる変化が起きていた。


星月の光を浴びて黒々と浮きぬ沈みぬする

多数の影のうち一際際大きな、馬車数台分

はあろうかという巨大なうねりが二つほど、

蜷局とぐろを解いて下流へと。より水深のある西

へと流れ出した。


大蛇の如きそのうねりらはやがて、丁度

大湿原北端のせり出しと北方河川の南岸

とが最接近する領域へと移動。


その後二つの巨大なうねりはこれまで

水中に潜めていたその巨躯を露わにした。


直径は大人が両手を拡げた程。

水面より聳える高さは物見の櫓程な

巨大なそれらは、黒々とした胴部に纏った

ヌメりを星月の明かりに不気味にてからせ

ぬらぬらと揺れ震え、獲物を待ち構える風だ。


戦力指数10以上。

城砦騎士と同水準であり、北方河川に

棲まう眷属のうちでも常に特級の脅威

として語られる大型眷属。「大ヒル」だ。


緩衝域なこの辺りだと未だ水深が十分では

ないのか、大ヒルにしては小ぶりな方だが

それでも頭頂部は並みの民家の二階より上。


北往路は南往路ほど入口が狭隘きょうあいではない。

がそれでも北から半ば程までは、乗り出し

薙ぎ払い得る大ヒルの間合いだ。


何となれば捨て身で陸地へと跳躍して

驚天動地の押しつぶしを仕掛ける事も。


大型眷属の攻撃は巨躯のもたらす圧倒的な

質量ゆえに、防御はほぼほぼ成立しない。

攻撃範囲に含まれた者は、ただただ潰れる

より他に手がなくなるのだった。


戦力指数値が似通う事から城砦騎士の

登竜門とも、河川の絶対強者とも呼ばれる

その大ヒルが2体、本陣の動きに呼応して

針路上へと先回りしたのだった。





ここまでの緩衝域における魔軍の動きを

魔の視点で。蓋し天空より見下ろしたなら、

概ね以下の通りとなる。



大ヒル     北方河川

―――――――――――――――

         魚鱗陣  

―┐

 │        鑷頭  

大└┐  本陣     

湿 │        両騎士     

原 └┐

   └



まずは緩衝域最北、北方河川より約15歩

な位置より南方に、南を正面として陣取って

いた魚人15体による魚鱗の陣について。


これらはほぼ同一座標を保ったまま、

その正面を速やかに西へと向けた後、

全体としてやや南へ。


要はVから<へ転じたのだった。


これにより魚人の魚鱗は、南方に

約60歩程と未だ距離はあるものの

両騎士に陣の側面を晒す格好ともなった。


当然そこを衝かれれば崩されるのだが、

北方河川からさらに第二波となる3体の

鑷頭を揚陸・南進させ両騎士の足止めに。


恐らく第二波が撃破されれば第三第四を

送るのだろう。此度の魔軍の戦術では

鑷頭は捨て駒の筆頭のようだ。


魚人の魚鱗が西へ正面を向けた理由は

緩衝域北西端、北往路の入口真北へと

大ヒルを配した事で窺い知れる。


そう、針路を浅く北西に採り北往路へと

逃走を図るかに見える、敵本陣な

戦闘車両を挟撃するためだ。


敵本陣は未だ魚鱗陣の南西を移動中であり、

そちらが北西に向かう進捗に合わせて

魚鱗陣は少しずつ西へと移動し、

本陣の退路を断つ見込みだ。





両騎士の背後を飛び出して進む本陣には

往く手で待ち伏せる大ヒルを討つ術も

背後から迫る魚鱗陣を凌ぐ手も無い。


挟撃態勢が完成したらその時点で本陣は

戦術的に詰む。要は魔軍は一連の流れに

おいて、鑷頭という大駒を捨てる事で、

二手先の王手を狙ったわけだ。


とはいえ実戦は棋戦と異なり、互いに

一度手ずつ交互に打つ決まりなどない。


現時点ではまだ挟撃は完成していないし、

本陣にはその場に留まるか戻るかして

両騎士との合流を図るか、或いは南進し

魔軍から距離と時間を稼ぐ手を未だ持つ。


いや、持っている、はずだった。


楽観的観測を嘲笑うかの如く、

本陣南西の大湿原から東進し緩衝域内へ。

さらに緩衝域内で針路を北の本陣へと変じ

強襲を図る絶望の羽音が音紋探査に反応した。



羽牙だ。数は僅かに2体のみ。


一個小隊未満だが、戦闘力を有さぬ

本陣を襲うには、十分過ぎる戦力だ。


ご丁寧にもこちらの視界に入らぬよう、

態々(わざわざ)南に大回りして、不意打ち狙いで

迫っていた。





遭遇戦後のデレクも

報告を聞いたルメールも、

共に羽牙の残数にこだわっていた。


何故なら羽牙は常に3体1組の

戦術行動を旨とし、組中の1体でも

討たれたら即時撤退を図る。そういう

特性を持つゆえにだ。


そしてさらに、荒野で数多の実戦を。

それも黒の月、闇夜の宴で魔軍と

戦った経験を有する猛者ならば。


この特性が時として絶対的な君臨者に

より上書きされ無効化される事をも

知っている。


そう、魔の存在とその意思は

全ての理を狂わせるのだ。野良なら

逃げて然るべき状況でも、魔の意向

あらば死兵と化す。


先の遭遇戦でデレクの撃破した羽牙は13。

出撃時点では必ず3の倍数で揃っている

以上、元々は15体居た事となる。


魚人らと異なり元来羽牙のまず現れぬ

界隈である事と思えば、この15体こそ

魔の意で当地に急派された羽牙一個飛行隊

の全容であると見て、差し支えないだろう。


そして。平素現れる野良の群れなれば

13討たれて2体となったら、どう

足掻いても一組作れぬため、逃げる。


が、此度は魔の命による参戦だ。

撤退は決して許されず。2体は

戦死以外の選択肢を有さないのだ。



とまれこれにより魔軍の挟撃は

その実3方からの包囲だと判明。


本陣な戦闘車両のシラクサやウカへと

さらなる絶望を突き付けるのだった。

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