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シラクサの賦  作者: Iz
第三楽章 夜のアリア
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第三楽章 夜のアリア その13

常ならば、鑷頭じょうずのような圧倒的な戦力を

誇る大型眷属は、対峙した人の子の

動向をうかがうような真似はしない。


その身に宿した暴威を以て、

必然たる死を振りまくのみだ。


だが此度対峙した人の子2名は

小振りと言えども自身らより格上。

ゆえに意識が後手にまわってしまった。


例えば魚人ならそういう心境が常だろうが

少なくともこの3頭の鑷頭には生涯初だ。


そのため自身らの側が攻め掛かっている

にも拘わらずリアクションを重視する

という、矛盾した状況に陥っていた。


とまれ表面上は攻め掛かる鑷頭だが

内実として意識は引け気味。よって

先手は迎撃する人の子の側となった。


そして鑷頭が、後方の魚人の陣が。

さらには天空より魔が見守る中、

真っ先に挙動を成し戦を動かしたのは。


その実、本陣であった。





一足一刀、一触即発のその時宜を狙い、

本陣たる戦闘車両を曳く輓馬ばんばらは、針路を

浅く北西に採り、並足で以て移動を開始した。


この挙動は鑷頭にも魚人にも

けだし魔にも想定外のものだった。


北から南へ攻め来る魔軍を防ぐべく

狭間に置いた騎士らを無為にして北西へ。

北往路へとさながら敵前逃亡するかの如く。


それも喫緊状況では考え難い、

割とそこそこ余裕のある速度で。


単に、休憩終わり、な感じの

実にまったりとした滑り出しだ。


もし敵方が人のように思考し

また人のように話すならば。


……はぁ?


と二度見し三度見し兼ねぬ感じだ。


敵と対峙し防備を固め、気炎万丈

意気軒昂、いざ決戦と互いにはやる、

正にその折に総大将が夜逃げする。


しかも敵地の奥へと逃げるともあらば

とち狂ったかと呆れもいぶかりもしよう。


無論それこそが狙いだ。この時点で

鑷頭も魚人も魔も一切がシラクサの

術中にはまったという事になる。


とまれ激突寸前、極度の緊張状態の最中

唐突に、不動であるべき本陣が動いた

事で鑷頭も魚人も、蓋し魔すらもが

そちらへ意識を持っていかれた。


そう、彼らはほんの一瞬だが、

両騎士の存在を忘却してしまった。


そしてその一瞬を活かせぬほど

両騎士は甘くも温くもなかった。





まずは鑷頭の敷いた鶴翼の陣、

実質騎士団の敷く後鋭陣の右翼な

西前方の鑷頭は、一瞬衝かれた虚に

驚愕しつつもこれを機として突進を敢行。


前方、既に間合い内に捕捉していた

ミツルギを一気にかみ砕かんとした。


だが暴風の如き勢いで飛び出したのは

鑷頭の総身の「上半分」のみだ。


鼻先から上顎、頭部と胴を経て尾の先

までの側面から見て上半分だけが、

総身の下半分の発しようとした膂力に

煽られ、ずるりと滑り出し前方へ落ちた。


飛び出し落ちた総身の上半分と

それが染め上げる血の海の中に

獲物たるミツルギの姿はなかった。


突進を受けてしかるべきミツルギは

その場で盛大な血溜まりを作る、

残された総身の下半分のさらに北に。


地に臥す竜の如く深く身を沈め

鞘から真一文字に抜き付け振りぬいた

妖刀「松風丸」をチャキリと鳴らして

刃筋を天に、切っ先を北に。


次に左足を半歩踏み出し半身へと。

さらに手元を右頬へ寄せ、西方では

「鍵」とも呼ぶ東方剣術右八双変位、

「霞」の構えへと移行。


そしてそのまま左手を柄から離し、

刃に沿わせてまっすぐ正面へ。


城砦流剣術第一構「矢の構え(ヴェロスワード)」へ

遷移して、切っ先を後衛の鑷頭へと。


蕭々(しょうしょう)松籟しょうらいの如く鳴く白刃に月光を集め

静謐の狭間を天渡る月が如くに舞い踊らせ

やがてピタリ。妖刀は今や引き絞られた矢だ。


天下の武人が成すその様は、

天地の狭間に在る誰も彼もが

見惚れる程に、流麗であった。





一方鶴翼の左翼な東手の鑷頭もまた

一瞬南方の本陣に気を取られ、慌てて

眼前のルメールへと集中し直した。


そう、ルメールは一瞬で間合いを盗み、

鑷頭の正に目と鼻の先にまで迫っていた。


そして驚愕の暇すら与えず鑷頭の巨大な

大口を、右手に束ねた鉄の手槍で上から

下へと串刺し大地へ縫い付けた。


いかな鉄槍とて一条二条ならば、

強引に己が身ごとこれを引き千切り、

突進や噛み付きを敢行できたかも知れない。


だがルメールの用いる鉄の手槍は

入砦したての補充兵が訓練課程の専ら

初日、膂力測定に用いるものだ。そして

重さはどれも膂力20相当となっていた。


人の膂力の平均値は9、上限は18で

種としての理論限界値が20とされている。


よって補充兵が入砦し訓練課程が行われる

その都度一応製作&準備がなされるものの、

20の手槍は実質誰の手にも余る事となる。


ルメールはそれを勿体ないと引き取っては

せっせと異形らへ投げつけているわけだ。


膂力20でなければ投げれぬ鉄の手槍とは

その実細身の橋桁か破城槌の如きもの。

そんなものらで縫い付けられては堪らない。


左翼の鑷頭は絶叫する事もできぬまま悶え、

槍束を手放し空いたルメールの右手が振り

かざす重剣シャルファウストで真っ二つに。


かくして機先を制された鑷頭らは

自身が突進を繰り出す正にその時宜に

それぞれ騎士らによって撃破された。





後衛として北に在った鑷頭は元より

前衛2体を囮として独自に挙動する

意図であった。


よって行動は前衛が攻め手を終えてからと

考えていたためか、未だ攻撃態勢にあらず。

かつその身体は西を向いていた。


この事はこの後衛な鑷頭が両騎士ではなく

本陣狙いであった事の証左とも言えた。


とまれ前衛2体が瞬殺された現状、

両騎士に側背を晒して硬直する格好だ。


そこを衝かれぬはずもない。

ミツルギが矢の構えから神速の突き

疾風ヴェンダバール」を繰り出して鑷頭の側頭を貫き。


一歩遅れて槍塗れの鑷頭を飛び越えた

ルメールが重剣を大上段から唐竹に落とし

またしても胴辺りで真っ二つにしてのけた。


間合いに入ってより僅か2拍弱。

6秒程で鑷頭3体が撃破した両騎士は

北方を。魚人らの陣と北方河川を見やった。


目まぐるしい展開にやや惚けていた

魚人の陣は鑷頭らの死を前に再び呆けた。


だが元より独自に戦術展開する意図だった

ものか、恐慌や混乱にまで至る事はなく。


程なく統率の取れた挙動を開始。どうやら

布陣をそのままに向きか位置を変える模様だ。


またその後方、暗がりの北方河川からは

新手と思しき黒い巨影が接岸し乗り上げ、

そして南進しそうな気配を見せていた。

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