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シラクサの賦  作者: Iz
第一楽章 辺境の宝石箱
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第一楽章 辺境の宝石箱 その7

院長室での軍議の翌日より。


スクリニェットでは今期送り出す12名の

城砦の子らの、最終調整が開始された。


対異形戦闘は夜間が主体ゆえ、これまでの

昼間主体の暮らしを夜戦仕様に改めねばならぬ。


そこで城砦騎士団の採用する1日を4区分し

深夜より数える時間制に基づいて、昼夜の別

を無視した6時間刻みでの模擬任務を遂行。


また中央城砦とその近郊を再現した模型で

地勢を実測値込みで脳裏に叩き込み、視界の

確保し難い夜戦に合わせた、目測に頼らない

戦闘挙動を学んだ。


戦闘経験も軍歴もない一般市民が大半を占める

連合軍主導の補充兵と異なり、城砦の子らは

恐怖判定を克服し易いため、確実な即戦力

として期待されている。


実際のところ、彼らの城砦騎士団員としての

栄えある初の任務とは、自身が補充兵として

参加する輸送部隊の護衛なのだ。


既に中央城砦の誇る武具防具の両工房より

各人に合わせ採寸調整済みの制式装備群が

届けられていた。


スクリニェットで既に用いていたものと同型も

自身の名前が刻印された新品の装備群を纏い、

子らは高ぶる心を抑えつつ日々慣らしに励んだ。





一方、いま一人。


当人のたっての希望により今期入砦者に

名を連ねている、シラクサに関しては。


彼女は現状スクリニェットの助手なため

まずは戦闘員として入砦予定の子らへの

戦術教導に専心せざるを得なかった。


入砦し対異形戦闘を経た後は新兵を率いる

兵士や兵士長と成る事がほぼ定まっている

城砦の子らには、指揮官級に必須となる

戦術・陣形の陣頭指揮も施さねばならない。


地下の暗室で年長組の模擬戦を観測した

軍師見習いの子らが指摘したように。


今期入砦予定の子らは特色として、個人技に

秀でる一方指揮能力に難があった。そこで

何とかそれを埋めるべく、連日1時間区分を

割いて徹底的な集中講義が成されていたからだ。



また、そもそもの話。


平原の騎士団領より荒野の中央城砦への

人資物資の移送輸送は、常に日中に行われる。


魔と魔の眷属が跳梁し跋扈する荒野の夜は

人にとり余りに危険に過ぎるのだ。そのため

百年来余程の事がない限りは日中行軍であった。



だが、シラクサにはそれができない。

陽光を浴びれば焼死待ったなしなのだ。



資材に混ぜて遮光性に特化した馬車で運ぶ

のだとしても、敵襲ひとつで致死の危機と

成り得る。運ぶ側も頭を抱えざるを得まい。


結局のところ、荒野の城砦へ向かうという

シラクサの希望は、それ自体既に無理難題

といって間違いなかったのだ。


無論それはシラクサとしても重々承知だ。

ゆえにそれを解決すべく彼女は一人。否、

サクラと二人、暗がりで、何やら策を

練り続けていた。





その頃。


東西に長い楕円をした平原の西端二割を

占める城砦騎士団領の、さらに西の彼方では。


すなわち騎士団領の西端より特級の騎馬でも

半日は掛かる遠地に孤立する、人魔の大戦の

最前線、西域守護・中央城砦。


通称「人智の境界」では。


先日終了した「黒の月」。


およびその最中なりし魔軍との一大決戦、

「宴」での大規模な損耗から再起を図るべく

事後処理に躍起となっていた。


具体的には例年以上に損耗を被った兵団員の

補充とそれに伴う再編成。著しく損耗した

物資の補充と防壁の修復や武具の再生産。

そうした軍備関連がまず一点。


いま一点は過酷な辛くも黒の月を生き抜いた

騎士団員らへの最低限の報酬とでもいうべき

束の間の安らぎ。すなわち帰境作戦であった。


損耗の激しかった今期の宴では帰境、すなわち

平原は騎士団領アウクシリウムでの特別休暇を

享受し得るべき員数も例年に比して少なめだ。


騎士会の騎士らをはじめ指揮官級の中には

再軍備を最優先して特別休暇を返上する者も。

とりわけ各戦隊の教導隊などは新兵の教練に

掛かりきりで、日々きりきり舞いのていだった。





俯瞰すれば正方形をした中央城砦の外郭防壁の

内側に内接する真円様の内郭郭壁。さらに内側

に東西南北に頂点を有する正方形の本城により

分け隔てられたうち、北東の一画。


この一画は50年ほど以前より、城砦騎士団の

誇る防衛主軍、第一戦隊の駐屯地となっていた。


第一戦隊は平原4億の人の子の粋である千名の

英傑たる城砦騎士団戦闘員のうち、膂力と体力、

体格に関して特に秀でた屈強無比の軍団だ。


肉体の悪魔とでもいうべき彼らは恵まれた体躯を

鍛えに鍛えたその上に。平原製なら小指の爪の

厚み程度なのを小指の爪の幅程にまでいや増した

余りにも重厚過ぎる甲冑を装備し、さらに

それ以上に分厚い重盾を掲げ。


人魔の大戦では常に最前線に在って戦列を組み、

人より遥かに強大な魔軍の猛攻を真っ向正面

受け止め弾き返す、まさに人類の盾だ。


そんな彼らではあったが、此度の黒の月における

宴は随分と長引き熾烈なものだった。ゆえに

損耗も甚大で、第一戦隊戦闘員は規定数400

のうち実に300が死傷していた。


現状満足に動ける者は100も居らず、平時の

任務にも支障が出ている。もっとも魔軍として

参じた異形らも同様にほぼ死滅しているため、

向こうひと月ふた月は敵襲も乏しい見通しだった。


ちなみに主攻軍である第二戦隊の損耗はなお

酷く、規定員数300のうち250までもが

死傷。壊滅的な有様だ。ただしこちらは毎度

の事ではあった。





とまれ現状、第一戦隊では。黒の月を経て

辛くも生き延びた戦闘員100名を、

30名ずつ交代で帰境させる事としていた。


つい先日には第一便として戦隊長たる城砦騎士長

オッピドゥス・マグナラウタス連合子爵および

精兵隊長たる城砦騎士シベリウス卿以下

30名が平原へと発った。


これが戻り次第、戦隊副長とその副官、共に

城砦騎士なセルシウス卿とシュタイナー卿以下

30名。そして最後の便では精兵隊副長である

城砦騎士ユニカ卿らが戻る予定だ。


残る10名は特別休暇を返上した――といえど

状況が落ち着き次第問答無用で取らされる――

者ら。教導隊長たる城砦騎士ルメール卿以下

10名だった。



教導隊制式となる黒一色の重甲冑を纏う彼らは

騎士ルメールの監督下各々新兵20を引き受け

陣形演習と防壁上の巡回に当たっていた。


一方隊長たる騎士ルメールは第三戦隊の主管

する補充兵への訓練課程へ出向し、身的能力

の実技講習を担いつつ秀でた体躯の持ち主を

先行抜擢し、ここ北東区画でさらに鍛えていた。



抜擢された補充兵は皆、膂力15に体力15。

さらに大抵は体格も15。既にして圧巻だが

第一戦隊員としてはこれは下限値。言わば

肉体の小悪魔に過ぎない。


そこでルメールはこれらの小悪魔らに膂力値

10相当の鎖帷子を二枚重ね着させ、左手には

二枚重ねの大盾スクトゥムを。右手には建材そのものな

丸太を抱えさせた。


こうして膂力30相当、つまりは自力の倍の

負荷を掛けさせた上で、6名1班による陣形や

戦技の演習をおこなわせた。


城砦軍師の緻密な計算に基づくほぼ限界な

鍛錬の後は、第一戦隊の誇る超弩級巨大食堂

「ヴァルハラ」へと連れて行き、肉、肉、肉。


在り得ぬほどの肉量で圧倒し胃袋の限界に

挑ませたら休息を。超回復を発生させつつ

以下繰り返すという荒行を課し、着実に

いっぱしの悪魔へと仕上げていった。





「精勤だな、ルメール」


鍛錬を終えた肉体の小悪魔らを肉の殿堂へ。

母なるヴァルハラへと追いやって、丁度一息

付いたルメールの下へと、戦隊副長である

セルシウスがやってきた。


「これはセルシウス閣下。

 ご多忙中ご足労頂き恐縮です」


敬礼を返すルメール。


20代の半ばであり、

セルシウスより10は若かった。


セルシウスの帰境する第二便の出立までは

概ね5日ほどあった。この間にセルシウスは

上官たる戦隊長が丸投げしていった事務処理の

一切合財を仕上げねばならなかった。


彼は第二戦隊副長ファーレンハイトと並ぶ

城砦騎士団三大苦労人の一人だ。ちなみに

残る一人にして筆頭ぶっちぎりとは誰あろう。


第三戦隊長にして城砦騎士。「城砦の母」

たるクラニール・ブーク連合辺境伯その人だ。


「まぁこれも鍛錬と割り切るしかあるまい」


鈍色の重甲冑の上に臙脂のガウンを纏う

人としてはかなり長身の騎士セルシウスは

小さく肩を竦めてみせ、



「それよりなルメール。

 第一便で戻った戦隊長閣下から

 私とお主宛てに手紙が届いている。

 

 2通とも内容は同じとの事だが、

 まずはそちらを確認してみてくれ」



とオッピドゥスの所領マグナラウタスガルド

の封蝋がある書状を一通差し出した。



「ふむ? 承知しました……

 おや、これは」


「懐かしい名前だな。お主には特に」


「ハッ。 ……成程。そういう事ならば」


「うむ。こちらは私が引き継ごう。

 お主は手はずを整えてくれ」


「了解しました」




ルメールは再度の敬礼の後

足早に営舎へと引き上げていった。

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