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シラクサの賦  作者: Iz
第三楽章 夜のアリア
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第三楽章 夜のアリア その10

さしたる遮蔽物のない緩衝域へと

北方河川を背に敷かれた山形の布陣。


人の子の合戦なら魚鱗にして背水。

不退転、決死の覚悟の防衛線と言えた。


だが魚人らにとって河川とは

けして落とされぬ城であり

縦横無尽の兵站へいたんだ。


さながら黒の月、宴の折における

攻め寄せる魔軍を迎え撃つ城砦騎士団の

如き布陣なのは、何とも皮肉めいてはいた。





――さて


布陣より南に概ね30歩、合戦においては

目と鼻の先な位置に独り悠然と、懐手で

佇むミツルギは目を細め、


――こうして出張ってきたのは良いが、

  果たしてここからどうしたものかな。


と今更ながら判じかねていた。



とりあえず、寄られる前に寄ってみた。

正直なところそれだけであって、後の

事は何も考えてはいなかった。


上司や同僚がアレ過ぎて目立たぬが

彼とてもまた第二戦隊員。基本的に

出たとこ勝負な生き物であった。


それでもこうして生きているのは、

とにかく出鱈目に馬鹿っ強いから。

そして勝ち筋を読めるからだ。


ミツルギは「軍師の眼」を有していない。

よってシラクサの様な戦力算定は不可能だ。


だがくぐった数多の修羅場に照らし鑑み、

彼単騎での力攻めでは、敵布陣のうち

備え一つを潰すのが精々だろうと、

正しく理解できていた。


正しく理解できていたのだが、

だから攻めせずに様子を見よう、

などとはまったく考えていなかった。


まぁとりあえず一備え潰して

後は追々考えるか、と恐ろしく

前向きというか前のめりな発想で。


魚人の陣が魚鱗の陣…… ププ、と

人前では口にし辛い感想を見出しつつ。


どの備えから潰すかを品定めしていた。





幸いにして魚人は数ある荒野の異形種の

うちでも、羽牙に次いで戦術行動を好む。


それも精神的に相手を追い込む、

ねちっこい手を大変に好んでいる。

要はマウントを取るのが大好きな訳だ。


だからまずは数的優位を作り出し

その上で威圧し威嚇して戦意を奪い、

相手が怯むんだ所で丹念になぶり殺す。


要は大抵舐めプから入るので対応に

時間的な余裕があるのだ。よって今も

単騎やってきたミツルギに対し速攻せず。


まずは陣容を見せつけ威嚇して

圧迫面接に励んでいるのだった。



こうしたやり口は平原の無垢な人々や

新兵の類には大変効果的なのだが、

ミツルギにはまるで意味がない。


そもそも如何に斬るか以外

特に何も考えていないため、

心理戦もへったくれもなかった。


ミツルギは魚人が常通りちんたら

はったりをかます隙に品定めを完了し

西奥の備えが手頃と見立て、るが早いか



ドンッッ



と縮地で一気に距離詰め

抜く手も見せずに抜刀一閃。

そのまま即座に飛び退き縮地。


一目散に三十六計、撤退離脱して

元居た位置(ポジションゼロ)へ、何事もなかった

かの如く立ち戻った。



遅攻を決め込み悠長に構えた魚人らは

どの備えも、攻め込まれた備えすらも

ただ茫然と、何が何だか判らぬ風に

孤立するミツルギを眺めていた。


よくよくみると先刻とは異なり

その手には三尺の秋水が在った。


刃は星月を集め血振りに

びょうと松籟しょうらいの如く鳴き、キン

と清澄なる音を残し鞘へ戻った。


と、魚人の魚鱗の三備えのうち

攻め込まれた西奥の前衛4体から

上半身がズルリ。地に滑り落ちた。





唐突過ぎる展開を受容できず思考停止し

硬直する南手前と東奥の二陣。うち

南手前の陣でも変化が起きた。



ズンッッ!!



と縮地に劣らぬ大音を立て、4-1の1な

奥目の1体、赤い鱗な指揮官な脳天へと、

豪速で飛来した手槍が突き立ったのだ。


先の一閃といい此度の手槍といい、

並みの剣撃も矢も弾く魚人らの

天然の鱗鎧が紙切れの如し。


手前の備えに残された4体は

指揮官の統率を失い一時混乱。

そこにさらなる手槍で1体粉砕。


残る前衛3体は狂乱にブクブクと泡を

吹きながら後退し、西奥の備えで唯一

存命だった指揮官の金切り声を受けて

そちらへと合流。


結果的に、魚鱗陣の3備えのうち

最前列な南手前が空となった。


この間、僅かに3拍半。


14秒の交戦で魚人の魚鱗は一気に

戦力3割を損耗し、陣形機能を失った。





だが程なく。


距離があるゆえ冷静だったか、

河川に潜んでいた複数の黒い影が

ヌラリと上陸しヒタヒタと南進。


それに合わせ未だ無傷な東奥の備えが

南手前の備えの位置へ。再び備え3つに

よる魚鱗の陣を構築した。見やれば西奥の

陣にも適宜補充が入っている。


戦況を俯瞰したならば、

確実に残数を減らせている。


だが地上に敷かれた敵の布陣は

何事なかったかの如く再生し健在。


再び睨み合いが始まるものか、と

左様にミツルギが思った矢先、

さらに河川から黒い影が3つ。


それは明らかに魚人より

大きく重く力強かった。


星月を浴びぬらぬらと光る

ゴツゴツとした鋭角に長い頭部、

そしてその背後に続くさらに長い尾。


それは魚人の格上、魚人を餌とする

河川の眷属「鑷頭じょうず」の一個小隊だった。



どうやら次は敵の手番らしい。

ミツルギは左様に理解し、備えた。

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