第三楽章 夜のアリア その9
右の箙の残矢から撃墜数を得て
ふむ、と一思案し首を傾げるデレク。
此度の自身の役割は戦域西方の哨戒と迎撃だ。
前提として戦域は戦闘車両の現在地を中心と
している。それを踏まえるなら一刻も早く
北へと戻るべき、なのだが。
南西より迫る微かな振動音が
次の一手を躊躇わせていた。
察するに、大湿原の南側に広がる
断崖一帯を根城とする陸生眷属である
「できそこない」の群れが急接近している。
できそこないは羽牙や魚人と異なり
単騎でもよく出没するが、肉食獣らしい
群れ単位での狩りもまた得意としている。
振動音から察するに、二桁だ。
できそこないは他種の異形と同様
人と比せば遥かに強大な存在だが、
その一方で魔軍においては専ら「歩」。
捨て駒的な扱いをされる事が多かった。
先の宴が長期に渡った事もあり、現状
荒野東域での生息数は一時的にせよ
激減している。
よってこれを好機とみた第四戦隊が
荒野奥地への威力偵察を敢行したりも
した訳だ。
とまれそんななけなしの歩兵まで
突っ込んで来るとは、相当あちらも
「やる気」らしい、と薄く笑い。
デレクは更に一思案。
と、その時脳裏に
(デレク卿、
作戦令37564が発令されました)
との念話が響き驚愕、瞠目した。
緩衝域は広く戦闘車両は遥か北方だ。
まともに視認できる位置にはない。
にも拘わらず、念話が届いた。
まず間違いなく魔術の類だ。
それもずば抜けて高位、巫女級の。
また察するに、シラクサはデレクの
戦況と現在地をも把握しているのだろう。
作戦令を出したのが誰かは気になるが
最早逡巡に余地も価値もなさそうだ。
小難しい事は軍師に任せ、
さっさと次に行くとしよう。
デレクはフレックの馬首を巡らせ
徐々に大きくなる振動音と砂塵を
出迎えるべく、更に南を目指した。
戦闘車両の天井、シラクサの視界中央には
此処、緩衝域の全体図が表示されていた。
もっとも緩衝域は遮蔽物の少ない地勢だ。
はっきり描画されているのは北方河川や
大湿原といった周辺境界域のみで、後は
赤い点が数個、脈打つように明滅している。
赤点は8つ。うち5つは同一座標に在り、
残るうち1つはやや北、北方河川手前。
後2つは遠く南西で重なって見える。
纏まって在る輝点と離れて輝く3点は
一定間隔で現れる線分で結ばれてもいる。
北の線分は直線であり、一方
南西の点へと向かう線分は始め西へ、
次いで南へと曲がり大湿原に沿っていた。
(デレク卿は西進後南下し一時停止。
そこで作戦令を受信された後、
さらに南へ向かわれました。
軌道を観測しますに。
大湿原の羽牙と交戦後、南往路より
侵入するできそこないを迎撃すべく
転進された模様です)
本陣たる戦闘車両の北面を護る
城砦騎士ルメールへシラクサが告げた。
「成程。交戦後の敵情は判りますか?
具体的には羽牙の残数です」
デレク同様、ルメールもまた
羽牙の数に拘っていた。この辺りは
経験者は皆そうなのだ、とも言えた。
(残念ながら視界外では識別済みの
生体反応しか判別できません。
ただし羽牙らの羽音を拾うべく
指向性音紋探査を併用しております。
続報をお待ちくださいませ)
とシラクサ。
曰くこの戦闘車両には複数種の探査機能が
搭載されているものの、アウクシリウムで
実装したため識別用の情報集積が
空の状態であるらしい。
また生体反応は個別に異なるため
現状は旅路で得た自身と同行者の
分しか判別できないらしい。
よって異形の生体反応が知りたいなら
中央城砦で情報更新するか、或いは実戦で
サンプルを採り、逐次構築を図る必要が
あるのだとも。
「了解」
ルメールはあっさり引き下がった。
味方の位置が判別できるだけでも
十二分以上に有難い。これ以上望めば
罰を当てられても仕方なかろうと。そこで
「ウカ、時折
北『以外』の空を見上げてみてくれ」
「承知しましたぇ」
と目視による警戒を密にして
まずは奇襲対策としておいた。
と、程なく再び念話が響く。
(本陣北方約100歩地点に敵布陣。
ミツルギ卿からは北に約30歩。
北方河川からは南に約15歩。
敵、眷属、魚人、数15。
色別、銀11、赤3、金1。
銀は通常個体、赤は指揮官。
金は該当情報無し。初見です。
陣形は4-1を一組とした先鋭陣。
魚人の常套かつ典型な「魚鱗」です。
陸戦での減衰や初見の要素を加味し
仮算定した累計戦力値は、398。
戦力指数20相当となります。
また北方河川表面に黒影複数。
同種または異種による第二波かと)
軍師が観測を語る際、感情の抑揚を失い
機械的にこれを報じるのが常なのだが、
シラクサはもとより音声がない。
そのためある意味実に普段通りだ。
お陰で聞き手には安心感があった。
「策は有りますか?」
とルメールに問われ、
当然だ、その為に居るのだと
いわんばかりにシラクサ曰く。
(ハ、シラクサより具申いたします。
河川眷属に特有となる
陸上での戦力減衰を活かすなら、
デレク卿の合流を待つべくまずは
本陣手前で防戦にあたるのが上策です。
一方作戦令の達成を優先するならば
河川で趨勢を伺う第二派以降を確実に
陸上へ誘引してのける必要があります。
そこでミツルギ卿のすぐ後方へと
本陣を移動し、これを囮としつつ
適宜迎撃にあたるのが宜しいかと)
第一案は実に無難。普段なら一も二もなく
即採用だ。が、今回は作戦令が有る。
これが実に厄介だ。
とはいえこの手の、
上から後出しで課される厄介事は
現場では辟易する程茶飯事ではあった。
「本陣を危険に晒すのは本末転倒で
受け入れ難い。第一案を主としつつ
何とかもう一工夫、お願いしたい」
無茶振りされた現場の人間が仲介者に
無茶振りを投げ返すのもまた、茶飯事だ。
(ふむ、でしたら……)
そして在庫を問われた商人が
無いとはそうそう答えないように
策を問われ、軍師が応じぬ事はない。
つまり。
とっておきの策というものは
端から示さず取って置くもの。
その上で相手の要求を容れたが如く
ならばと切り出せばまず通るものだ。
若輩ながらも城砦軍師なシラクサに
おさおさ怠りのあろうはずもなかった。
「流石は姫様、妙計ですな」
(……姫は余計です……)
どうやらシラクサの奥の手は
ルメールのお気に召したらしい。
よってその手でいく事と相成った。




