第三楽章 夜のアリア その6
100余年前、「退魔の楔」作戦の本旨
として荒野東域中央に「人智の境界」
たる西域守護中央城砦が建造され。
人の子の軍勢と魔軍とが戦略或いは
政略的に仮初の軍事境界線を引いてより。
境界線の界隈たる平原と荒野の狭間、この
「緩衝域」において人と異形が戦闘に及ぶ
事と成ったのは、これが初の事だった。
戦闘が起きる事、それ自体は
特段に憂慮すべき問題ではない。
中央城砦では百年来日夜人魔の大戦が繰り
広げられているのだし、別段こちら側では
戦わぬ、との協定がある訳でもないからだ。
ただそれでもレアかつ大事には相違なく、
人の子の側としては此度仕掛けてきた
魔軍の意図が、どこにあるのかを。
有体に申さば。
単に魔が個人的に「キレた」だけなのか
それとも人魔の大戦を新たな戦局へ誘う
布石としての理詰めな攻め手なのかを
しかと見定めておく必要があった。
つまり魔軍の攻撃が一過性のものならば
適当にあしらうか或いは逃げても良いだろう。
だが恒常的な戦略意図に基づいているならば
是が非でもこれを全滅させ、悪手であるとの
認識を植え付けておく必要があるだろう。
要は単なる戦術規模の極地戦をより高次の、
戦略規模の視点にて看破する必要がある。
それは本来王や将、すなわち
「戦の主」らの専権事項だ。
能力でも権限でも今戦場に居る
誰の手にも余る事なのだ。
よって情報支援を担当する城砦軍師
シラクサは、光通信を発したのだった。
相手は立地的に西域守護北城砦しかない。
そして、嗚呼、何たる天の配剤か。
今その北城砦の通信施設の傍らには、
よりにもよって「騎士団領の王」が居た。
西域守護北城砦の城壁上。
切り立つ断崖よりさらに聳え
篝火が明かす、その城壁上にて。
シラクサが一行が遥か眼下の天然の堀、
北方河川沿いの北往路へと入る際の
支援を目的として、そこではいわゆる
「川焼き」の準備が整えられていた。
川焼きとは北方河川の表面に油を撒き、
そこに火を付ける事で河川に潜む眷属を
威嚇し、側道たる北往路の安全を確保する、
連合軍や騎士団の常套手段の一つだ。
河川の眷属は水中に在りながら
振動を拾って地上の状況を察知して
奇襲し強襲するのを専らの手としていた。
川焼きはこれを封じるものだ。
荒野の異形、中でも河川の眷属は
特に火を恐れる事もあり効果は覿面。
囮の餌箱への積み荷へと隙あらば
ちょっかいを出す連中への抑止力として
百年来、抜群に機能していたのだった。
「閣下!
緩衝域西部より光通信、
城砦軍師シラクサ殿より緊急入電!」
通信使が緊迫した声音でそう告げた。
「……ふむ? 何だろうね」
ややあって頗る穏やかな声が
ほんのり不機嫌さを伴い返じた。
シラクサ一行が緩衝域のど真ん中で何やら
ちんたらしていたため、北往路入りには
まだまだ時間が掛かるとみた「閣下」。
彼は今、城壁上の兵士らを労うと称し
自慢の大弓を打っ棄って、リュートを構え
弾き語りコンサートに熱中していたのだった。
先刻は自身で光通信の暗号を自身で解読し
理解した「閣下」だが、今はそれどころ
ではないらしく、通信使に音読を促した。
「…… オホン。
で、では、音読いたします」
「♪うむ、よろしく♪」
自身の奏でるリュートに合わせ
メロディアスにそう応じ、さりげなく
通信使にも内容を歌い上げよと促した。
この閣下、実にノリノリであった。
こうなると通信使としても、
これは覚悟を決めねばなるまい。
気丈にも決心を固めた通信使な女性は
一つ大きく深呼吸して、閣下の演奏に
合わせ、お望み通り、歌い出した。
「♪あらあらなんだか私たち
魔から睨まれちゃったみたい♪
♪『お前らしばくど』とキレちゃって
西から北からそりゃもぅたくさん
眷属たちがやって来るわ♪」
「……」
流石の閣下も真顔になった。
だが演奏は止めず。プロである。
「♪あぁどうしましょうwhat'd we do?
とりま喧嘩は買うとして♪」
「君」
閣下は全力で眉間に皺を寄せ
困り果てつつ、されど手は止めず
ノリノリ過ぎる通信使に問いかけた。
閣下の命で打楽器なぞ担当させられていた
護衛らは困惑に顔を見合わせていたが、
主が演奏を止めぬ以上、続けるしかなかった。
「♪どんな感じでhow'd we bout?
まとめてコロコロwipe'em out?
あなたのorder待ってるニャン☆♪」
結局通信使は歌い切り、いつしか
リズムに合わせユラユラと踊っていた
歩哨らは歌と演奏に盛大な拍手を。
有難う、有難うと
笑顔で拍手に応えるも
「君。それは本当かね」
と我に返って問う閣下。とかく
お困り様に流され易い性分であった。
「閣下のメロディに乗せるべく
ライムに腐心いたしました!」
「……内容は正しいのだね?」
「勿論YEAH!」
どうやらそういう事らしい。
既に周囲は冷静になったが
通信使はテンション爆調を維持。
閣下は持病の頭痛が再発したか
額を押さえ呻いており、護衛らは
慌てて薬の準備を準備した。
そして溜息付く中一服盛られ
すっかり落ち着き払った閣下は
「君はどこの出身かな」
と問うた。
「フェルモリア大王国です☆」
「そうか判ったご苦労さん」
予想通りの返答に頷き、
閣下は暫し思慮に耽った。




