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シラクサの賦  作者: Iz
第三楽章 夜のアリア
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第三楽章 夜のアリア その2

北城砦との通信を終えたシラクサ一行は

南北の座標値をそのままに西へ、西へ。

人の定めた「平原」の最西端を出た。


その先に広がるのは荒涼として

それでいて開けた一帯だ。


徒歩で小一時間と掛けず渡れる程で

西奥にはかの「大湿原」が横たわる。


平原とも、さりとて荒野とも呼び難いが

軍勢の展開にはもってこいでもある

ここは「緩衝域」などと呼ばれていた。



平原と荒野とは地続きで、

その実確固たる境界を有さない。


天険を利して連合軍が定めた

絶対防衛ラインは飽くまで

人の、戦の都合だった。


退魔の楔たる中央城砦の戦略価値含め

魔軍が実利を優先し付き合うから

成立している架空の存在なのだ。



要は、天然自然の摂理が定める

平原と荒野の真の境界は別に在る。


真の境界の存在は人魔の大戦の戦局に

対し、一見格別寄与するところなき

ようにも思える。が。


荒野に在りて世を統べる大いなる荒神、

「魔」なる存在の何たるかを探るには

これほど手頃な手掛かりもそうはない。



魔は、何故荒野のみを統べるのか。

魔は、何故平原には存在しないのか。

魔は、そもそものところ、何者なのか。



百年を超える大戦を経てなお杳として

知れぬこの存在の全貌を明かすには、

まず、荒野とは何かから入るべし。


もっとも荒野は広大だ。

現時点で人が認知しているのは

その東端域のごく一部に過ぎない。

だが「端」である事は大きなヒントだ。


境界域を精査する事で

平原との差異を定義できれば

背理でその全貌の演繹もできる。


解への道のりは万里を超えよう。

だが一歩目は他ならぬ此処からだ。



それが未だ若輩ながらも人の子4億の

上澄み20、叡智の殿堂の大賢者が一人。

城砦軍師シラクサが導いた方程式であった。



もっとも余りに遠大で迂遠な手だ。


深謀遠慮のいとまがあったら

さっさと突っ込み斬り伏せる。


そんなタイプの同行者らに説明し

意図を汲んで貰うのは難業と言える。


要するに、一言で言えば、めんどくさい。


なので暫く周囲の観測に努めると結論のみ

を申し出て、シラクサは貝のように押し黙り

戦闘車両の天井に投影された夜空を観ていた。





見渡す限りの白と黒。

大地は凪の海のよう。


一方天には星が満ち

その眩さを誇っている。


見上げる夜空は客席から望む

銀幕の舞台のようだった。


そして数多の役者が歌い踊る中、

スポットライトを浴び輝く主役。


ひと際大きく、ひと際力強い。

それは月。そう、月であった。



当世の平原に暮らす人々が

荒野について知っている事は少ない。


大多数の人々は漠然と「魔の棲み処」だと。

そして魔の眷属たる「異形の巣窟」と認知。


また天地未曾有の大災厄たる「血の宴」の

元凶で、その再来を防ぐべく城砦騎士団が

日夜最前線で奮闘している。その程度だ。


さらに識者、或いは軍関係者ならば

もう少し、特徴的な事象を知っている。


すなわち


荒野は平原より季節一つ分、寒い事。

荒野では毎朔望月、月が変色する事等だ。


このうち荒野の真の境界を探る上で

より重要なのは、月の変色だ。


平原の月とて時節の影響で多少色味に

変化は出るが、基本的には銀や金だ。


一方荒野の月は七色を超え実に豊かに

変色し、果てには「黒」に至るという。


この黒の月は、一般的な朔望による

満ち欠けとは根本的に異なるものだ。


月が黒い光を放つ。そうして天地の万物を

黒く塗り込め、世を無窮の闇へと落とす。

そういう余りに摩訶不思議な現象だ。


とまれ今重要なのは、荒野では月が

朔望月毎に明確な変色を成すという事。

そしてそれが平原では起こらぬという事。


つまり夜空に浮かぶ月を観続け、色が変わる

その瞬間を捉えれば、その鉛直下の大地が

天然自然の摂理に基づく荒野と平原の

「真の境界」だという事だ。



当地より遥かな東、

人の世たる平原のもう一方の

最果てである、東方諸国には


月の顔見るは忌む事


なる格言があると言う。



だが、人智の境界を踏み越えて

遍く森羅万象の真理を探究する

城砦軍師に禁忌はない。


荒野の城砦へ赴くと決めた時から、

この謎に挑むとも決めていた。


無数の星々を共に煌々と輝く銀月は

ともすれば自身を見下ろす巨人の瞳にも、

或いは不遜に天を仰ぐ愚者を断罪すべく

振り下ろされんとする刃にも見えてくる。


だが、それでも、シラクサは怖じず。

西へと進む旅路の最中真理をこの手に

掴まんと、ただじっと月を見据えていた。

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