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シラクサの賦  作者: Iz
第三楽章 夜のアリア
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第三楽章 夜のアリア その1

第四時間区分始点、午後6時。


金烏は既に奈落へ去り

代わりに玉兎が舞台へ躍り出て

満天の星々を観客として

高らかにアリアを歌い出していた。


事前の軍議に寸刻たがわず

地上へと戻ったシラクサ一行は、

まずは現在地を報ずる狼煙を上げた。


報ずる相手は西域守護「北城砦」だ。



荒野東域北部を東西に流れ分かつ大河

「北方河川」はその源流を遥か北方の

「湖水地方」に有し、丁度騎士団領の

手前で大きく北に反れている。


遡上域上流は峻険で流れが速く、また

東岸が険阻な断崖となっており、これを

天然の堀と利して「北城砦」が建っていた。



荒野東域の半ばに孤立する中央城砦は

戦略上の囮であり餌箱だ。よって魔軍に

是非とも食らいついて貰うべく、城壁の

高さは一定以下に抑えてある。


だが北城砦は絶対防衛ラインだ。

是が非でもこれを抜かせてはならず、

城壁は攻める気も失せる程容赦なく高い。


よって城壁は地上の灯台としても機能。


専門の通信使が常駐し、アウクシリウムの

西方諸国連合軍本部と荒野奥地の中央城砦

との光通信を中継する等、頻用されていた。





魔軍の平原侵攻に備える三つの西域守護城砦

のうち、絶対防衛ライン上に建つ南北二つの

城砦は、その実城砦歴106年間で一度も

魔軍の侵攻を受けた事がなかった。


そのため特に北城砦には対異形戦の経験を

有さぬ連合軍の兵力が駐屯しており、軍務も

哨戒と城壁の保守、そして前述の通信中継と

いった非戦闘任務が中心だ。


ここも人魔の大戦の最前線には相違なく、

平素より相応の緊張感は漂っていた。

だが今宵のそれはまた別格だ。


さながら王の閲兵を受けるが如し。


そう、まさに騎士団領の王というべき

人物が、当城砦へ来訪していたからだ。


「狼煙だね。定刻通りだ」


夕日を背に空を渡る雁の群れが描かれた、

ゆったりとした東方風の装束を纏う

壮年の男が穏やかにそう述べた。


目だった武装は有して居ない。

ただ傍らに侍る護衛が数名、

彼のものと思しき弓を携えていた。


護衛と何よりその男は、城壁上に

展開する連合軍の兵らとは明確に

具えた「格」が異なっていた。


静謐せいひつな面持ちや穏やかな言動は

正に貴族や士大夫のそれだ。


だが西方の夜陰へ向ける眼差しには

常人では直視に堪えぬ威が満ちる。


これが王気、或いは武威の気か、と

兵らはただ厳粛にかしこまる他なかった。





「座標確認、

 事前の通達通りです」


歩哨の長がそう報じ


「城砦軍師シラクサ殿より

 光通信、入りました」


と通信使が続けた。


「そのようだね。

 あぁ、音読は不要だよ」


腰の後ろで手を組みつつ、

男は南方下方の明滅を眺めていた。


 

「ハッ、直ちに中央城砦と

 連合本部に中継いたします」


「うむ。それと……」



男は歩哨の長を見やり


「マンゴネルはあるかね」


と問うた。



マンゴネルは巻き上げたロープの捩れや

固定型の弓等で大きな膂力を発生させ、

支碗に乗せた石等の弾体を投射する

攻城兵器の一種だ。


貨車程度から風車大まで大小様々だが

総じて操作に数名の人手を要し、用途は

専ら城壁の破壊、或いは城からの迎撃等。


北城砦は城壁上で運用するための

大型馬車大のマンゴネルを10基

前後有していた。


専らの用途は北方河川を遡上してくる

河川の異形らへの威嚇だ。時折北往路を

往く移送大隊からの依頼でこれを用いて

支援する事があった。


「ハッ、整備は万全です」


百年来戦がないとはいえ、そこは

人魔の大戦の最前線だ。装備に

おさおさ怠りはなかった。


もっとも攻城兵器は城壁のような

巨大な据え物を壊すためのもの。


命中精度には大きく難がある。遠方かつ

機動力のある眷属らに命中弾を出すなど

まず不可能、夜間はなおの事と言えた。





「結構だ。では北方河川内の指定の

 座標へと、油玉を投射してくれたまえ」


とまれ下知は成され


「御意、直ちに」


滞りなく実行された。


平素の変化に乏しい軍務より遥かに

遣り甲斐を感じたものか、やにわに兵らは

活気立ち、ものの数分で支度は万全に調った。


「さて。

 こうして本身を構えるのも

 随分久しぶりな気がするね」


護衛が数名掛かりで弦を張った

上下非対称の大弓を受け取り、

張りや握りの調子を確かめつつ。


「せっかく休暇で戻ったというのに

 執務だ社交だと引っ張りまわされ

 少々うんざりしていたところだ」


近くに篝火を。さらに

油で満ちた鍋を用意させ。


変わった形状のやじりを持つもの、

鏃の下方に可燃物を巻いたもの等

長剣程の長さの様々な矢を調えさせて。



「はっきり言おう。

 彼らだけ楽しむのはズルい。

 ひとつ私も、まぜて貰おう」



壮年の男は仄かに悪戯な笑みを。

護衛らは苦笑し、兵らは狐に摘ままれた

ような表情ながらもさらなる下知を待った。

金烏、玉兎:太陽、月を意味する雅語

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