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シラクサの賦  作者: Iz
第一楽章 辺境の宝石箱
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第一楽章 辺境の宝石箱 その6

幾らかのランプと宝珠とが躊躇ためらいがちに

照らす室内に、鈴の音の如く鳴るまばゆい声。


その声はシラクサが物心付いた頃には

既に、此処スクリニェットの地下に。

枝葉の如く広がる回廊の末節たる

この古く暗き住居跡に在った。


不思議な存在だった。


10年来、声だけだ。

姿を見止めた覚えはない。


会話が成立しているので幻聴ではないだろう。

玻璃はりの小瓶や小皿を持ち運ぶその実態から

言って、幻覚の類でもないだろう。


確かにそこに居るのは判る。

だが常にようとして姿がない。


それはそういう存在で、幼少より常に此処に

在って、母か姉かといった風に何くれとなく

シラクサの世話を焼いていた。





(貴方は何?)


かつてシラクサはそう尋ねた。



「私? 私はサクラだよ」



声は至極自然にそう答えた。



(そう、サクラって言うのね。

 それで貴方は一体、何なの?)


「んー、一言では言えないなぁ……」



シラクサは声が肩を竦めるのを感じた。



(別に何言なんことでも構わないわ。

 他にする事があるわけでもないし)



自嘲気味に応じるシラクサ。


日に一度バーバラや祈祷士がやってきて

様子を見がてら食事や絵本などを置いていく。


余りに容態が不安定で安静にさせる以外なく

他の子らのように集団生活と教練の機会も

持てぬため、無為な孤独がおりとなっていた。


明るく眩いサクラの声はそんなシラクサにとり

希少な救いであり、また得難い娯楽でもあった。



「もぉ、投げやりはよくないなぁ!

 本を読んだり勉強したりすれば?」


(暗いので無理)



これは実も蓋もなくその通り。


出生の経緯もあってこの住居跡は常に仄暗く、

ローブから僅かに零れるシラクサの肌の

白さを異様なまでに引き立てていた。



「陽光じゃなかったら平気だよ!

 ここは届かないから安全安全!」



眩い声に合わせたように室内の光度が

やや増した。実際バーバラらが訪れる際は

大抵夜間の屋内程度には明るくしてもいた。


幼少より陽光を禁忌とされたシラクサ自身が

明るいと戸惑い落ち着かぬため、平素は必要

最小限の光度に保たれていたのだった。


果たしてランプやオーブの明るさなのか、

それともサクラの力によるものか。


後に魔術に因るものと学ぶが当時はそこまで

与り知らず。ただ突如の増光に対して

目を細め不思議そうにして



(何故陽光は駄目なの?)



とシラクサはサクラに問うた。



「勉強すればわかるよ!」


(本当かしら……)


「それも勉強すれば判るわね!」


(……)



綺麗に、恐らくはドヤ顔で言いくるめられた

その事にたいそう不服を覚えはしたものの。


他にすべき事もない。何より他にも山ほどの

知りたい事があり、それらに答えを得るには

学ぶしかない、それもまた間違いない。


幸い近場に地下書庫や資料室、研究室もある。

シラクサのなけなしの体力でもそこまでなら

行き来できる。こうして猛勉強が始まった。





切欠は幼少時のサクラの一言だが、元より

シラクサには知りたい事が山ほどあった。

何より知りたいのは両親の事だった。


ここスクリニェットに暮らす城砦の子は

平原の西果てたる当地よりさらに西の方、

荒野の只中に孤立して人魔の大戦の矢面に

立って戦う城砦騎士団員を両親に持つ。


平素の過酷な対異形戦闘、さらには概ね

年に一度起こる黒の月、闇夜の宴が原因で

騎士団員、特に兵団員はほぼ数年で戦死する。


よって子らが物心付いたその頃には既に

両親ともに戦死済み。それはけして

珍しい話ではなかった。


そのため子らの中には両親の顔すら覚えて

いないものも多い。だからこそ両親に代わり

引退した騎士や軍師らが最大限に子らを庇護し、

やがて新たな騎士団員としての教育を始める。


そしてその際必ず両親の名や階級、その活躍

振りを正しく伝え、子らの追い求めるべき

誇りとさせるのだ。それが常だった。



だが、シラクサにはそれがなかった。

シラクサには自身の両親の名も階級も、

その活躍も何一つ、知らされていなかった。


他者と接する機会のほぼないシラクサだ。

知らないことが普通だと当初は思っていた。


だが地下書庫や資料室を出入りし時に他の子ら

とも会話をする中で、両親について何も知らぬ

のは自分だけなのだと知る事となった。


当然問うた。


伝える役割を担うべきバーバラら教官らに

自身の両親の名や階級やその活躍を問うた。


だが誰もがこれに口をつぐみ、ただ

約束なのだ、とそれのみ告げた。


曰くシラクサの両親からの

たっての希望によるとの事。


余りに儚いシラクサに

けして重荷を背負わせぬよう。


城砦の子としての誇りと引き換えでも。

親子の絆と引き換えにしてでもシラクサには

せめて余生を平原で。可能な限り安らかに、

穏やかに過ごさせてやって欲しい。


それが両親の願いだったそうだ。


余りに儚い命であるゆえ、本来城砦の子が負う

べき一切の賦役を背負えぬとみなされていた

シラクサに対し、一切の賦役を背負わせぬ

「特別扱い」を要求する代償として。


シラクサの両親は両親である証しを。

自身らの記憶の継承を放棄した。

要はそういう方便のようだ。


そして騎士団もスクリニェットもこれを

諒とし今に至る、概ねそういう事らしい。


ゆえにシラクサが幾ら尋ねても、教官らは

頑としてこれに応じず。もっとも教官らの

思惑は実のところさらに奥深いものだった。





自身の両親について知りたいという、

シラクサの抱く強い思い。それは何時尽きる

ともしれぬシラクサの命にとり、生きようと。


一日でも長く生きようとする張り合いになるに

違いない。そう教官らは考えていたのだった。


だから自身らが直接語ることは絶対にせぬが

シラクサがそれを自身で学び知ろうとする事は

けしてとがめず。


むしろシラクサに自身らの叡智を授け術理を

継がせ、こぞって自ら知り得る手助けをした。


こうして齢10を超える頃には既に、

シラクサの天賦は城砦軍師と祈祷士双方の

見習いと呼べる水準に。


平原に住まう人の子4億の頂点数十名たる

叡智の殿堂、城砦騎士団参謀部に集う大賢者ら

に迫る領域にまで、磨きあげられたのだった。

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