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シラクサの賦  作者: Iz
第二楽章 彼方へと
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第二楽章 彼方へと その41

ふと目覚めれば、暗がりの中。


いつもと変わらぬ風景に、つい

いつもの名前を呼びそうになった。


(……マスター?)


気づかわしげな

馴染みの薄い声が響いた。


(おはようホタル。チェックをお願い)


すっかり平素に立ち戻り、

暗がりに独りシラクサは問うた。



(了解。現刻は

 城砦歴106年11朔望月15日、

 第3時間区分中盤、午後3時37分です。


 それではバイタルならびに

 ステータスのチェックを開始します)


(……ッ)



どうやら独りだけ、がっつり、フルに。

いわゆる爆睡をかましてしまった。

そう気付いたシラクサは慌てた。


(規定の範囲内です。

 何ら支障はありません)


とホタル。


城砦騎士団の軍務規定は、喫緊状態を除き

騎士団員が一日あたり最低1時間区分分の

休養を取るように定めている。


問題は今が喫緊状態か否かの解釈及び

歩哨の順決めを軽くブッチして誰より

先に寝まくった事くらい。


だが、シラクサ的には

それが一番深刻だった。


要は全力で華麗に「お姫様ムーブ」

をかましてしまったわけで、これでは

軍師としての威厳やら面目が爆散気味だ。


またお姫様扱いされてしまう……

と寝入り前の状況を思い出して赤面。


とにかくさっさと表に出て詫びを入れ

歩哨を交代しなければ、とはやるシラクサ。


そこに



(バイタルチェック。

 ……異常なし。


 ステータスチェック。

 ……『身的能力』中『体力』

 及び『体格』が微増傾向にあります)


 

との結果が出て


(え?)


と知らず問い返した。





城砦軍師の代名詞である「軍師の目」。


あまねく神羅万象を数値で観測するこの才が

観立てた戦闘に関与する物理、生理的な

人の能力を「身的能力」と呼ぶ。


身的能力は全5種類。このうち「体力」は

武装の運用能力である「膂力」の持久性を。

「体格」は専ら身体の頑健さを表している。


また体格に関しては命の器としての格。

一言でいえば生命力をも表していて、

こちらの意味での体格は特定値を基準として

常に一定範囲を変動し、健康状態を表示する。


出立前のシラクサの体力値は5。

身体の頑健さとしての体格値は3

そして生命力としての体格値は3±3。


人の身的能力の平均値は9。

どちらも平均を大きく下回るが

体格値は文字通り致命的であった。


なぜなら変動が最低値では

0以下に。要は死に至るからだ。


いつ尽きるとも知れぬ命、とは

シラクサの場合比喩でも何でもない、

至極当たり前な事実であり日常であった。


身体の頑健さとしても生命力としても

体格値の変動は穏やかで、大怪我し大病を

わずらわぬ限り変動は精々1日に1ずつだ。


よって絶対安静かつ厳格な監視下において

体格値2の時点で投薬等の対処をすれば、

不意に0へと至る事はほぼ避けられる。


論ずるまでもなく綱渡りに過ぎるが、

そうしてシラクサは14年生きてきた。


それもスクリニェットに集う引退した

大賢者らと地下遺構に蓄えられた膨大な

魔力、さらにはそれを扱うサクラのお陰だ。


出立にあたり必要な薬品は山ほど持たせて

貰ったが、今後は入手手段が限られよう。


よって暫く前からシラクサは投薬の時宜を

下方修正、2未満に至るまで粘る事とした。


言わば綱渡りの綱を解いて紐にした

ようなもので、ゆえに以前以上に

バイタルとステータスのチェックを重視。


シラクサ専用の戦略兵器と成るべきこの

戦闘車両にも、そうした機能が搭載されて

おり定期的にデータチェックが成されていた。





(ホタル、数値で)


極力抑揚を押し殺し、

シラクサはホタルへそう命じた。



(了解。


『体力』は0.1増で実値5.1に。


『体格』0.01増で実値3.01に。

 同時に生命力の基準値も0.01増加。

 実値で3.01±3と、観測されました)



+0.01。

たったの0.01だ。


だがこの微小な値はシラクサにとり

生死を左右する大きな意味を持つ。


無論吹けば飛ぶような些細な変化だが

より生存の困難な環境へ赴くこの門出には

何にも増して喜ばしい祝儀と言えるだろう。



(そう…… 原因は特定できる?)


さらにホタルへと問いかけるシラクサ。


(環境、そして心境の変化に伴うものかと)


そうホタルは即答した。


(そう…… 有難うホタル)


告げたシラクサは暫し瞑目した。



――心境の変化、か……



  それが具体的にどういうもので、

  どう作用したのかは定かではない。


  でも、私は今。もしかしたら

  生まれて初めて、人生を。

  楽しいと感じているのかも知れない。


  切っ掛けは勿論、この旅だ。

  多くの人と出会い、別れ、景色も状況も

  目まぐるしく変化するこの旅にきっと

  喜びや驚きを感じ心を躍らせているのだ。


  だから、生きたい、と。


  より強く、まだ生きていたいと

  願い始めているのかも知れない――



今までは「知りたい」が全てだった。

そうして「往きたい」が加わって

ついには「生きたい」が増えた。



欲張りかな、と小さく笑う。

そこに自嘲や諦念は微塵もない。



――素敵な物語を紡いでください、か。


とシラクサはバーバラの手紙を思い出した。


  素敵かどうかは判らないけれど、

  必ず満足のいく形にはしたい――



決意を新たにシラクサは


(降ります。開けて頂戴)


とホタルに告げ、了解、との

短い応えと共に戦闘車両は開口する。


戦闘車両の暗がりの外、地下遺構に

広がるのはやはり暗がりだが、

それでも少しは明るかった。



――往こう、彼方へと。



こうしてシラクサは旅路へと。

遥か最果て、荒野の激戦地へと。


漆黒の闇と魔軍の脅威、星月の加護と

戦う人の意思の群れが激しく打ち合い

火花を散らす、西域守護中央城砦。


通称「人智の境界」を目指す旅路へと

気持ちを新たに戻ったのだった。

人智の境界・第二部

「シラクサの賦」

『第二楽章 彼方へと』

はこれにて終了です。


翌日より引き続き

『第三楽章 夜のアリア』

をお届け予定です。是非今後とも

拙作をお楽しみくださいませ。

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