第二楽章 彼方へと その40
ややあって。
突然に泣き出した事で。
糸目で笑んで見守るウカや
オロオロと狼狽えるミツルギ。
どういう態度を取るべきか判らず
石像の如く硬直するルメールや薄目を
開けて様子を窺うデレク等々、すっかり
周囲に気を遣わせてしまった事に気付いて。
(……ッ。失礼しました)
と慌てて咳払いのしぐさで取り繕い、
シラクサは書状をミツルギへと手渡した。
「天下の城砦軍師言ぅても
まだほぉんの小娘や。
泣きたい時は好きなだけ泣いたらえぇ。
何も恥ずかしい事やあらへんよ?」
と慈母のように笑むウカ。
書状によれば今年で9つ。
ただし先祖より魔術や技能に関する
「記憶を継承」している影響で、精神が
実年齢の数倍老成していた。これが外見と
挙措との齟齬の原因となっていたのだった。
ウカにつき、二枚目以降の書状曰く。
かつて当地に栄華を極めた「水の文明」の
担い手である「水の民」。その大部分は
突如訪れた未曾有の災厄「血の宴」により
数夜のうちに滅亡した。
だが当時文物継承を目的として衛星国家等に
招致されていた事で、辛くも難を逃れた者ら
もまた、若干ながら存在した。
水の文明圏の衛星国家群は魔軍に直接蹂躙
こそされなかったが、文明崩壊の余波は
さらに東方の平原全土と共に直撃した。
結果、辛くも難を逃れた水の民の生き残り
たちは戻るべき国も果たすべき役目も失って、
失意のうちに混血を重ね、やがて歴史から
消えていったのだという。
ただし他国に招かれる程秀でた才を有して
いた彼らだ。中には魔術による記憶の継承
という形で、自身らの叡智や才幹を保存する
事に成功した者らもいた。
もっともそうした者たちでさえ、膨大な歳月
が流れるにつれて、継承した記憶を任意に
取り出す、そのための術を忘却していった。
結果カエリア東部に現存する巨人族の末裔と
同様、時折先祖返りで気まぐれに覚醒する
だけの、扱いにくいものとなってしまった。
ウカはそうした血の気まぐれにより先祖の
有した才覚に目覚め、物心付く頃には変化の
術を使いこなし、母や祖母といった直系数代
の記憶をも断片的に継承しているのだという。
シラクサと同様ウカもまた、
人魔の大戦が織り成した
数奇な運命に翻弄されていたのだ。
そのためウカはシラクサに強い親近感を抱き、
母や祖母と付き合いの有ったバーバラの求め
には、一も二もなく応じたのだそうだ。
(い、いえ、その。もう
落ち着きましたので、大丈夫です)
自身を気遣うウカの眼差しに
すっかり照れた風のシラクサ。
次いでウカへと向き直り、
シラクサは威儀を正して
(ウカさん、未だ至らぬ若輩者ですが
どうか宜しくお引き立てください)
と頭を下げた。
あちらでは書状を検めたミツルギが
目頭を押さえルメールへ手渡していた。
「どうか呼び捨ててくださいな。
こちらこそ是非、よろしぅに。
うちがしっかり盛り立てたる。
心配せんと、どっしり構えとき」
ウカは嬉しそうに何度も頷いた。
あちらではルメールもまた小刻みに
何度も頷き、寝たふりデレクに書状をば。
「せや、そこのあんたら。
あんたらもついでや。
この子の力になったりなはれ」
「ん? 貴重な味方だし
言われなくとも当然護るぞ」
と速読しつつ答えるデレク。
絶対強者にして人の世の守護者たる
城砦騎士は基本的に、共に戦う兵士や
軍師らもまた、庇護の対象と見立てていた。
「そなぃな軍務上のドライな事を
言ぅてるんとはちゃぃます。
あんたらは騎士やろ?
つまり『騎士道』ってやつや。
騎士は姫様を護るもんや。
おとぎ話ではそう決まっとる。
ほれ、命を懸けて
白草姫を護るぅ言ぅ
誓いをここに立てなはれ」
とウカは大いに三騎士を煽った。
(ちょっ、ウカ! やめて!)
これにシラクサは大いに慌てまくり
(すみませんお三方、
どうか聞き流してください……)
と消え入るように赤面した。
だがしかし。
「うむ、それは良い。そうしよう!」
「及ばずながら、それがしも」
「ッハハ、悪くない」
と当の3騎士は実にご機嫌で
あっさりこれを請け負ってしまった。
特に一番堅物なはずのルメールが
誰にも増してノリノリであり、
「姫よ、御身の護りを任とする栄誉を
是非とも我らにお与えください」
と跪き頭を垂れる始末。
(ッ!? ルメール卿、
か、からっか、わない、でください……)
顔真っ赤っかで困惑し
超噛みっ噛みなシラクサ。
その様はまさに年頃の少女だ。
「何の、我らは本気です」
とルメールに追随するミツルギ。
「そーそー。や、こーいうの
一回やってみたかったんだわ」
デレクもまた心底楽し気に続いた。
「ほれ姫、皆さんここまで
言ぅてくれてはるんや。
ここは感謝のキッスの一つでも」
(ッ!? し、知りませんっ!!)
シラクサは戦闘車両に逃げ込んでしまった。
その様を見送った4名は顔を見合わせ
肩を竦め、暫し楽し気に笑っていた。




