第二楽章 彼方へと その39
人には相性というものがある。
能力的には天地の差でも、苦手意識を
もった相手には実力を発揮できぬものだ。
ミツルギはどうもウカが苦手らしい。
いや単に「つるっぱげ」が心底嫌なのかも
知れないが傍目にも応答に精細を欠いていた。
一方のウカはデレクが苦手らしい。
鷹揚に笑みつつ目の底では笑っていない
彼の芸風? が自身と被るからだろうか?
またルメールは謹厳実直だが専門意識が強い
らしく、出立時の鉄城門前での対応と同様に
交渉の類は頑として避ける風だった。
結論として、ウカ相手に
3騎士は使えないようだ。
ミツルギが縋るような目で訴え
ルメールが全力でシラを切り
デレクが欠伸を噛み殺しだしたので、
以降の交渉はシラクサの担当となった。
(何故木箱に化けていたのですか?)
とシラクサ。
遍く神羅万象を数値で再定義する城砦軍師だ。
愛想も虚飾もへったくれもなく単刀直入だった。
「アウクシリウムから
西の果ての地下遺構まで
歩いて来るのはしんどぃやろ?
丁度良ぇ具合にこっち来る馬車あった
から、つぃでに運んでもぅたんです。
ここぉ送り届けるようにぃ言ぅ
『連合軍の指令書』貼っ付けてなぁ。
指令書? 勿論うちの手書きやよ?」
ウカはコロコロと楽し気に笑った。
ミツルギは腕組みし首を傾げて唸り、
ルメールは明後日と相談する風だ。
デレクは既に安らかな眠りに。
要は移送大隊の貨車に無断で積み荷として
紛れ込んだ上、偽の指令書で別途此処まで
届けさせた。その後は一行の到着を待つうち
暗くて静かなので安眠してしまった、と。
そうして高いびきで待ちぼうけた末の
腹減りが背に腹で如何ともし難く
かかる惨劇を招いたのだとか。
「あぁそぅや。
木箱にべたべた貼ってあった紙な。
アレ一枚以外は完コピからやからな?
うちのセンスとはちゃぅのであしからず」
ウカの自前はバッサバサな乙女だけで
危険なミックが爆発してどうだのは
模写した木箱に元からあったもの。
要は移送大隊の。
つまりは今期駐留騎士団たる
フェルモリア鉄騎衆のセンスらしい。
(……そうですか)
まぁ、連中ならさもありなん。
シラクサや両騎士は妙に納得した。
(では最後に、
此処に来られた理由について。
入砦を企図されている点と
合わせ、ご説明頂けますか?)
とシラクサ。
議事進行には
打ってつけの冷静さだ。
「そろそろ勘付ぃたんとちゃぅん?」
(……そうですね)
そもそもウカは、シラクサを知っていた。
スクリニェットの地下に隠れ住んでいた
シラクサを知る者など、至極限定されていた。
むろん単なる市井の劇団員が
知り得ていようはずもない。
平原全土より「旅芸人」の集う大劇場。
老若男女の人いきれが「当然に集う」
その劇場の専属劇団の草創期からの一員。
かつては旅芸人の一座として平原全土を巡り、
やがてアウクシリウムに落ち着いたという
劇団自体の経歴。
これだけ情報が揃ったなら
「むぅらん☆るぅじゅ」の。
そしてウカの正体も見えてくる。
「まぁでもこぅいぅとこは
ちゃんとしとかんとあかんね。
反応が面白ぅてつぃつぃうちも
ふざけてしまぃましたわ。
堪忍してな?」
そう言ってウカがシラクサへと
差し出したのは、一通の書状だ。
差出人は――
元城砦騎士団筆頭軍師、
元スクリニェット院長、
現スクリニェット講師。
シラクサの、育ての親。
――バーバラであった。
――古来、優れた将や軍師は独自の
情報源を有し、これを用いて
戦局の趨勢を左右しました。
貴方にもそうした存在が必要です。
ウカは『水の民の末裔』にして
腕利きの諜者。きっと貴方の
役に立つでしょう。
まずはその子から始めなさい。
その子を軸に独自の情報網を整備、
この大乱世の掌握に活かすのです。
シラクサ、どうか元気で。
素敵な物語を紡いでください――
遺構の深い陰影に、シラクサの
声なき歔欷が溶けていった。
歔欷:すすり泣き、嗚咽。




