第二楽章 彼方へと その38
敵が敵ゆえ人手は常にかつかつながらも
反面物資は十二分に潤沢な城砦騎士団
らしい、贅沢な朝食と一服の後。
一行は次の出立時刻から逆算し
諸々の準備に取り掛かる事とした。
本日の日の入りは午後5時5分前後。
完全に夜の帳が降りるのは6時手前だ。
城砦騎士団員には1日を4区分した
6時間単位での行動様式が染みついている。
よって第四時間区分始点である
午後6時ちょうどを出発時刻として
それまでに各々交代で一時間区分相当、
要するに6時間ずつの休養を取る事となった。
休養は数時間の仮眠と待機で取る事となるが
総員揃って起きているのは現時刻だけとなる。
そこでまずは軍議を済ませる事となり、そう
なると是非先に始末すべき案件が出てくる。
「では、そろそろ仔細を伺えますか」
とミツルギがやや厳粛に切り出すのに
合わせ、4名は未だ不確かな存在たる
童女風妖狐っ娘へと視線を向けた。
騎士3名と軍師1名は城砦騎士団員、
要するに軍人で特務遂行の最中にある。
一方しれっと混じって馴染んでいるウカは
どうやら民間人で、目的もまるで定かでない。
そもそも何故地下遺構にいたのか。
そして、何故木箱に化けていたのか。
城砦騎士らがこれまでそこに頓着せず
呑気にのほほんと構っていたのは、
「何時でも始末できるから」。
共に食事や茶を楽しんだのも
言わば「一期一会」の精神ゆえだ。
だが隙を見せる事となる休養中やその後の
修羅の巷な荒野を行軍中は些細な油断が
命取りとなるし、そもそも失敗の許される
ような緩い任務でもない。
不安要素は全て払拭して
おかねばならなかった。
「先に言いました通り、うちはウカ。
『むぅらん☆るぅじゅ』の者です。
『むぅらん☆るぅじゅ』言ぅんは
アウクシリウムでも、いや平原中でも
一、二を争う大劇場と専属劇団の事や。
そんなん誰でも知ってるぅ思てたけど、
世の中言ぅんはほんま広いもんやねぇ」
耳目を集めなお平然と茶を喫し、
ふぅと一息ついた後、ウカは語った。
当世における
平原西域随一の都市、
騎士団領アウクシリウム。
城砦騎士団のための物資集積所である
当地には平原全土から様々な文物と
それらをもたらす人手が集った。
また西方諸国連合本部がある事から
定期的に連合諸国や三大国家の王侯と
その供回りや部隊が集い滞在するため、
彼らを相手とした商売もまた盛んとなった。
お陰でアウクシリウムには平原全土の
多種多様な娯楽もまた割拠。そんな中でも
一、二を争う人気劇場が「すたぁ☆らぃと」、
そして「むぅらん☆るぅじゅ」であった。
むぅらん☆るぅじゅは平原全土から集った
詩人に楽士、歌手に踊り子等多種多様な
旅芸人らが自慢の妙技を披露する大劇場
として、老若男女に愛されている。
また同名の専属劇団による踊りも有名で、
劇団長にして元トップダンサーなカナメは
当代有数の振付師としても知られていた。
一方すたぁ☆らぃとは後発の歌劇専門劇場で、
演者はうら若き乙女のみ。お陰で客層は若い
男性に偏っており、特に特別休暇で帰境する
城砦騎士団員らの間で絶大な人気を誇っていた。
過酷な戦場から生還しひと時の安らぎを
求めるうら若かったりそうでなかったりする
男性兵士の多くはすっかり同劇場の虜となった。
中でもトップスタァなセシリアの下には
ひっきりなしに膨大な量の求婚と貢物が
舞い込むのだという。
スクリニェットの地下に起居し、命がけで
知略を磨く日々だったシラクサにとって、
ウカの語ったアウクシリウムは文字通り
遥か彼方の別世界の事のように思われた。
とまれ絶対強者3名の、そして今はやや
緩んだものの大賢者1名による猜疑の
眼差しを浴びてなお平然と、泰然自若に。
ウカはちょこなんと座し茶を啜っている。
さりげなく毒まで吐く始末であった。
「中々どうして、大した玉だ」
とデレクは笑う。ただし
例によって目は笑っていない。
「いややわぁそなぃに凄まれても。
うちはただのいたぃけな乙女や。
あぁそれと。
うちは踊り子とはちゃぃます。
小道具やってました。文字通りな?
今は劇団も大きぅなって
すっかり出番も減ったけどなぁ」
往時を懐かしんでか
ウカの目は糸筋のようになった。
一方ミツルギは以前師であるローディスに
聞かされた話を思い出していた。曰く。
本来純粋な軍事拠点であったアウクシリウム
が今日のような平原西域随一の都市国家へと
大きく変貌を遂げたのは、中央城砦に外郭
防壁が出来て戦況が安定し出した、城砦歴
50年代以降の事だという。
そしてアウクシリウムの二大劇場の一つ
むぅらん☆るぅじゅは、その頃平原中を巡回
していた旅芸人の一座が同地に小さな劇場
を建て、居ついたのが切っ掛けで出来たとも。
そうした知識を踏まえた結果
童女風妖狐っ娘な外見に戸惑い
「草創期からのメンバーと?
失礼ながら、お幾つなので?」
とうっかり聞いてしまったのは
むべなるかな。そして
「乙女言ぅたら
うら若きもんと決まっとるやろ。
そんなにつるっぱげになりたいんか?」
とキレられるのもまた、
むべなるかな、むべなるかな。
「失言でした!
どうか平に……ッ!」
「フン…… 次はないで」
とりあえず天ぷらうどんの
奢り×2で許される事となった。




