表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シラクサの賦  作者: Iz
第二楽章 彼方へと
55/86

第二楽章 彼方へと その37

日付が変わってより二度目の食事が

済んだ後、例によってミツルギがてた

東方の茶を喫し軽く一息付くこととなった。


シラクサの玻璃の珠時計は

午前7時半ちょうどを指している。


ルメールによれば人資移送の大隊は

北往路を選択したとの事だ。現時刻なら

往路の序盤2割辺りを進軍中であるだろう。



「奥地はどうだった?」


ルメールはデレクにそう問うた。

デレクとミツルギの残りを含めほぼ

一枚半のホプロン飯を平らげてご満悦だ。



「そんなに奥でもないけどなー。


 連中の進軍経路と思しき一帯は

 城砦近郊同様、枯れてたよ。


 中継拠点みたいなのがあれば

 潰して帰る気満々だったが、

 結局見つからず仕舞いだった。


 まぁ地形に関する情報更新はできた。

 そのうち下りてくるんじゃないかねー」



とデレク。


初めて訪れた地下遺構ながら勝手知ったる

我が家の如く、外した装備や鞍にもたれて

チビチビ茶を飲み、盛大に寛ぎまくっている。


機密に触れる内容でもなさそうだと

観たミツルギは、やや置き去りな

シラクサやウカに向け



「デレク殿は昨日の夕刻まで

 荒野奥地の探索任務でしてね。


 御疲れのところ無理をお願いし

 お付き合い頂いている次第なのです」



と補足し、お代わり用の

茶を点て始めた。





(それは……)


申し訳ない、という気持ち。

そして何故、という疑問をも抱く。


荒野の夜間行軍の護衛は城砦騎士2名の

武威をもってしてもなお困難なのだろうか。



「黒の月と宴直後の荒野東域では

 異形が激減しているものなのだが、

 それは飽くまで陸生眷属に限った話。


 河川に潜む異形らは滅多に宴に出張って

 来ないためその脅威は常に一定なのです」



とルメール。


一朔望月続く黒の月。

その何時かに起きる「宴」とは

平たく言えば魔軍による城攻めだ。


この軍勢には奥地からの増援含め

荒野東域の大半の眷属が結集せしめ

られるのだが。


北方河川から中央城砦の建つ高台までは

相応に距離がある事や何より城攻めである

事から、河川の眷属は参陣せぬ事が多かった。



「結果としてこの時期に限っては

 歩兵中心の移送部隊ならまず避ける

『南往路』を採用する可能性が出てくる。


 だが彼らを囮としたい我々としては、

 是非確実に『北往路』を通って貰いたい。


 そこで我らがデレクの出番、と」



デレクを見やらずルメールはニヤリ。


デレクも気にせず茶をチビチビ。

とまれ気の置けぬ仲ではあるようだ。



荒野東域の中央には大国並みの面積を誇る

超特大な致死の毒沼「大湿原」が横たわる。


南往路とはこの大湿原が荒野南方にそびえる

切り立った断崖のすれすれにまで迫って

微かに残した余白な往路を往くルートだ。


大湿原からの毒風に険阻な路面、さらに

この界隈を根城とする陸生眷属である

「できそこない」との遭遇等を鑑み、

余程の精鋭部隊でもなければまず避ける。


補充兵だらけの移送大隊の場合、

行軍そのものでの脱落者も考えられる。


また一時的に遭遇率が激減していると

いってもそれは専ら日中の話。夜間は

どうだか知れたものではない。


少なくとも戦略兵器の輸送に用いたくない

のは間違いのないところで、日中を往く

移送大隊には是非北往路を通って頂き、

夜間におけるそちらの遭遇率減少に貢献して

貰いたいところであった。



そこで、この時期でもなお確実に

移送大隊に北往路を選ばせるために。


移送大隊が通過する直前な夜明け間近に

馬を駆っては天下無双の城砦騎士長級である、

若手筆頭城砦騎士デレクに北往路を単騎駆け

させ、うっかり飛び出す愚かな異形を間引き。


移送大隊の安心と決心に貢献せしめる。

そういう策を講じていたのだった。




 

お陰でデレクと愛馬フレックは

荒野奥地の特務から帰還して一息付くや

今度は夜の北往路を単騎掛けし、そのうえ

移送大隊の北往路入りを護衛して、その足で

ようやく此処に至ったというわけだ。


先刻現れた際、デレクが引っ提げた

斧槍から「死の気配」がしたのも道理。


彼が挨拶もそこそこに、まず愛馬を

気遣い休ませたのもまた道理であった。


むしろ激戦激務の後にも拘わらず

こうして気楽に寛いでいる事が

無理筋というか、無茶苦茶な気がした。



(それは、その……

 何と申し上げて良いものか…)


ミツルギやルメールの言動から観て、

どうもデレクは軍務として請け負い

やって来たわけではなさそうだ。


これだけの無茶を純粋に、特務明けの

休養時間に、単なる付き合いでやって

のけたらしい、とシラクサは直感した。


お陰でお疲れ様とも申し訳ないとも、

自分が告げるのは何か烏滸おこがましい気が

して、上手く言葉が紡げなかったものだが、



「ハハ、まーまー。

 こーいう休みも悪くない」



とデレクは相変わらず飄々と。

やはり軍務ではなかったようだ。


ミツルギやルメールは特に悪びれず。

むしろニヤニヤと楽し気ではあった。



同じ戦地にありながら久々の再会でも

あるらしきこの3名は、2年前に揃って

城砦騎士に叙勲された同期であった。


お互い専門も性格もまるで異なるが

妙に馬が合い、折りあらばこうして

茶を喫し酒を酌み交わす仲なのだとか。


取り立てて活発に語り合うでもなく、

さりとてまるで意識せぬでもなく。


互いの空気や距離感を尊重しつつ、

ただ「生きて同じ場に居る」という事を

ゆったりと楽しんでいる、そんな風だった。


戦友とはこういうものなのだろうか、と

和やかに過ごす3騎士に眩しさを感じ

知らず目を細めるシラクサだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ