第二楽章 彼方へと その35
「ふぅ、大変な目に遭いましたわ……」
暗がりに敷かれた寒風避けの
外套の上にちょこなんと正座し
ふくよかに香り立つ茶を啜りつつ。
「せやけどあんさんも
たいがぃ罪なお人やねぇ。
いたぃけな乙女の口に
あないなもん突っ込むやなんて」
どうせ余るから、と譲られた
シラクサの分のホプロン飯を半分平らげ
対面でたいそう居心地悪そうに座している
荒岩製武神像な騎士をじとりと睨めつけつつ。
「まぁ済んだ事や。うちも
いつまでもグチグチは言いまへん。
ただあっち着いたら良ぇ料亭の
天ぷらうどん奢るぅいう約束は、
絶対忘れたらあきまへんえ?
うちこう見えて呪いとか得意やからな。
三日でつるっぱげにする呪い掛けたるから
覚悟しなはれや」
先刻まで木箱だった童女は言い放ち、
自戦隊副長の二の舞? は御免だとでも
言いたげに、ミツルギは盛大に顔を顰めた。
地下遺構内で最も明るい中央部は現状
先の顛末を受け惨憺たる有様であるため
松明が架かり戦闘車両の停まる入り口側に
若干寄った辺りを押さえ、野点よろしく展開
した野営地での一幕であった。
今この遺構に居るのは3名。
城砦騎士ミツルギ、城砦軍師シラクサ。
そして先刻まで木箱であった謎の童女だ。
城砦騎士ルメールは移送大隊の進路確認と
城砦騎士デレクの出迎えを、と称して
地上へと逃亡済みであった。
やけに畏まる巌の如き武人と
やけに寛ぐ元木箱な童女。
なんだか絵本のワンシーンみたいだと
不思議な感慨を抱いて見守るシラクサや
なんだか大変厄介な事になったと己が不幸を
嘆くげなミツルギはしげしげと童女を見やった。
背格好は木箱だった際と同様に
大柄なミツルギの胴程度。
十歳前後の童に見える。
髪は黒く艶やかでおかっぱに切りそろえ、
肌は夜目にも白い乳白色。シラクサと
よく似た色味だが、瞳の色は瑠璃色だった。
内に深紅、外に純白。
二枚の東方風装束を重ね着たその上に
夜空色をした、銀糸で星月の描かれた羽織。
何もかもが異様なまでに整っているという
点を除けば、ここまではまぁあり得る範疇だ。
だがさらなる顕著な特徴がこの童女を
どこか夢現の、夜の世界の住人だと
象徴的に物語る風であった。
その何よりの特徴は、まず頭部。
飾り毛豊かな二本の立ち耳。
そして背後のぼんぼりか蕪めいた
ふさっふさ過ぎる、二本の尾。
面を見やれば
今は頗る穏やからしく
目はほっそりと糸引く風。
ただ化粧なのか、天然なのか。
瞼の縁や唇が血濡れたような紅色だ。
こうした童女のその在り様を
ただの一言で表すなら。
妖狐っ娘
そう呼ぶ以外、無さそうだった。
「そういえば
自己紹介がまだでしたなぁ」
さらに一服し、すっかり落ち着いたらしき
妖狐っ娘な童女は、じぃ、とミツルギを見た。
先に語れと言いたいらしい。
いたいけな声や外見とはいまいち辻褄が
合わぬ太々しさも妖狐ゆえと。或いは
「荒野の女」ゆえと観れば合点がいく。
切り込み部隊長たる城砦騎士以下、
二戦隊には荒野の女衆がそれはもぅ
ごろごろ巣食いまくっている。
おかっぱに揃えた黒髪の艶などは
確かにあの騎士に似ているような気もする。
などと割と命が危なそうな感想を抱きつつ
「それがしは城砦騎士団騎士会所属、
第二戦隊抜刀隊一番隊組頭ミツルギです」
と述べ会釈した。これに続いて
「中央城砦中央塔付属参謀部所属、
城砦軍師シラクサです」
とシラクサも。すると
「あぁ、あんたがシラクサはんか。
えらぃ見苦しぃとこお見せしました。
ミツルギはんもご丁寧にどうも。
うちはウカ言います、よろしぅに」
とややしおらしい笑顔を浮かべた。
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