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シラクサの賦  作者: Iz
第二楽章 彼方へと
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第二楽章 彼方へと その33

すぅと音もなく昇ってきた昇降機に

城砦騎士ミツルギの姿は無かった。


ふむ、とルメールはこれに頷き、まずは

戦闘車両と二頭の輓馬との連結を解いて

輓馬を石柱へと係留。


そうして自身が輓馬らの代わりに

戦闘車両を曳き昇降機へと乗った。


先刻の説明では床に掛かる重みが昇降機を

押し下げるとあったので、結構な速度で

下るのでは、とやや身構えたルメール。


だが実際の挙動は緩やかかつ滑らかだ。

概ね3拍を数えた辺りで昇降機は地下へと

至り、ルメールはレバーで昇降機を固定した。


昇降機から続く仄暗い通路の先では

対照的に煌々とした松明が灯っている。


これは少なくとも通路までは安全が

担保されているという証であった。


よってルメールは戦闘車両のみ昇降機より

下し、自身は二頭の輓馬を引き取るべく

レバーを解除し地上へと戻った。





先刻地上で成した打ち合わせは

概ね以下の通りであった。



まずはミツルギが先行し昇降機周辺を哨戒。

敵影または気配あらば無理攻めはせず、一旦

昇降機共々上昇しルメールとの合流を優先する。


昇降機周辺に敵影または気配がない場合は

広間入口までの安全を確保し、昇降機のみを

地上へと送ってルメールの到着を待つ。


ルメールが広場入口に到着したら

その場を譲りミツルギは広場内の哨戒へ。


こうして昇降機周辺、通路、広間に三分した

ブロックを一つずつ確実にクリアしていく。



一方、潜伏者が異形ではない事が

早い段階で明らかとなった場合。


まぁ、どうとでもなるので、適当に。



異形か否かでやる気の有無が随分極端過ぎる

きらいはあるが、両騎士が立案しシラクサが

追認した手筈とは、こういうものだったのだ。



程なく戻ってきたルメールは再び自らが輓馬

となって戦闘車両を曳き仄暗い通路を前進。


松明の明かす広間入口に至ると戦闘車両を

そこに停め、先行哨戒中なミツルギとの

合流を図った。


見える範囲にミツルギは居ない。

戦闘音の類もないし、そもそも

敵の気配を感じない。


これは潜伏者が人であった場合の展開と観て

相違ないとて、ルメールはシラクサに断りを

入れてミツルギを探す事とした。


前方、広場中央と思しき辺りにぼんやり

仄白く構造物が浮かびあがって見えるが

居るとしたら、そこだろうか。


そう判じルメールは中央域を目指した。





人界を離れ、修羅のちまたにはや6年。

無数の死地をくぐり抜け、最早異形を

笑顔でビビらせる程馴染んだミツルギだが

そうした強みは荒事用だ。


突飛もない、人を喰った、

それでいてとても人間臭い。


そういったいわゆるお困り系の事象には

生真面目ゆえか未だ気苦労が絶えなかった。


いやむしろお師匠筋の無理難題に困じ果て

最早色々観念してしまったというか。ただ

この手合いへの最適解が「関わらぬ事」だと

いう事だけは、はっきり悟りきっていた。


なので、見なかった事にして。

知らぬ存ぜぬを決め込んでスルー。

平穏裡に事を運ぼうとした。のだが。



「ミツルギ、そこにいるのか?」



しゃなりしゃなりと甲冑鳴らし

遠間よりルメールが声を掛けてきた。


と、その時。


それまでたいそう心地よさげに



くかぁー、すぴー。

きりきり、くこー。



とコオロギの合唱の如く響いていた寝息が



くかっ……



と唐突に途絶えたのだった。





「どうかしたのか?

 ……何だその箱は」


異形が居らぬと判じたゆえか、重甲冑に

重剣と松明一本な、彼的にはすこぶる軽装で

石板の狭間から滑りでたルメール。


立ち竦むミツルギの肩へとポンと手を置き

傍らに並び、木箱を見止めて問うたのだった。


「ご覧の通りの有様にて……」


額を抑え立ち竦んでいた自身の在り様への

弁明も兼ねてか、ミツルギは嘆息混じりに

そう応じた。


一方さんざかまびすしかった件の箱は



しーん……



とウソみたいに静まり返っている。


そうか接近方法がまずかったのか、と

音もなく近寄った我が身を反省しつつ


「……開けますか?」


と問い返すミツルギ。


「さて……」


と煮え切らぬルメールの返答には

自分では絶対に開けたくない、

という無言の意志表示がチラリ。


ミツルギ同様、ルメールの上司もまた

騎士団きってのお困り様だ。というか

騎士団幹部にはお困り様しかいない。


なので先刻のミツルギの悟りは中間管理職な

面々にとっては特段珍しいものでもなかった。


「ふむ……」


とこれを受け思案気なミツルギ。


当然開けたくも触りたくもない。なので

互いに身動きできぬまま、いたずらに

時だけが過ぎていく風だ。



「……」


「……」


しーん……



こうして二名の騎士と一つの木箱は

互いに沈黙を保ったまま、暫し

その場で対峙していた。





そうして果たしてどれ程か、緊迫或いは

諦念が支配する沈黙が三者の間を流れた後。


(お二人とも、どうしたのですか?)


余りに二人の戻りが遅いため、

待ち兼ねたシラクサがやってきた。



と、その時。




ぐぅぅうううぅうぅ……




と、何やら腹が鳴った。



ミツルギはちらりとルメールを見やった。

ルメールは小さく左右に首を振った。


音は両者の前方から。

シラクサは両者の背後にいる。


そういう訳で致し方なく、

三者は改めて木箱を見やった。




きゅるるるぅぅ……




再び何やら腹が鳴った。

音は木箱からで間違いなかった。

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