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シラクサの賦  作者: Iz
第二楽章 彼方へと
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第二楽章 彼方へと その31

修羅のちまた、荒野の城砦へと送られた

補充兵はもって精々半年と言われる。


大半が異形らとの初陣で

未曾有みぞうの恐怖に呑まれて屠られる。


そこを辛くも斬り抜けて正規戦闘員たる

城砦兵士に至れた者でも、黒の月、闇夜の

「宴」で屠られる。半年を越え存命な者は

ごく一握りなのだと、そう言われている。


ミツルギはそうした荒野の戦場でも

最も苛烈な任を負う第二戦隊で既に6年。

6年もの長きに渡り生き抜いてきた猛者だった。



第二戦隊員は宴において、無窮むきゅうの闇の只中に

潜伏し、中央城砦へと攻め来る異形らを逆に

闇討つという、尋常ならざる役目を負っている。


闇への馴染みっぷりは異形以上であり、

多少なりとも光源のある現況なぞは

真昼と大差なきものに感じていた。





もっとも、暗がりはやはり暗がりだ。

白昼に比べ視覚の信頼性は格段に落ちる。


ただでさえ錯視し易い人の眼だが、

暗がりでは一層その本領を発揮する。


白日の下では何の連絡も無い事物を

組み合わせて捉え、それを脳裏で

既知の情報と照合、上書きし……

結果在り得ぬ者を観る事になる。 


幽霊の正体見たり枯れ尾花、だ。

星座もまずはその類だろう。



そんな訳で闇中においては眼以外の

感覚に頑張って貰う事となる。

特に聴覚、そして臭覚。


異形らの中には昼夜を問わず聴覚のみで

渡り歩いていると思しき種も居るくらいだ。

視覚を代替し得るポテンシャルは有していた。





暗い通路をそろり、そろり。

間合いを盗むようにして

音もなく進むミツルギ。


目よりも耳に神経を傾け、

何某かを聞き取るべく努めた。


すると幽かに、されど確かに。

何者かの息吹が感じ取られた。



息吹。平たく言えば呼吸音だが

ミツルギはこれについて経験則から

その軽重は体積に比例すると認識していた。


いったいに、

大柄で恰幅の良い者の方が声は低く大きく

小柄で華奢な者ほど声は高く、小さくなる。

息吹もそれと同様とみるわけだ。


無論立った音それ自体の大きさが最重要だが

それを反響・増幅せしめる部位の大きさが

その高低を大きく左右する。


そういう見立てであった。


要は生物を楽器と見立てているわけだ。

多少は鳴り物を爪弾いた経験のある

ミツルギらしい見解と言えた。



とまれ。


今ミツルギが前方より感じ取った

その息吹とは、想像以上に軽く高い。


荒野の戦場で聞き知った異形らのそれとは

ほど遠く、いや並の人のそれにすら及ばぬ程。


ネズミかウサギ、いっそコオロギか。

そう思える程軽く涼やかな印象を受けた。


その一方でややくぐもった倍音が付く風だ。

察するに…… 何ぞ引っ被って寝ているのか?


潜伏者が異形な線は最早無さげであり

消去法から人だと見なすべき、なのだが。


この環境、この状況で熟睡するなぞ

まず並大抵の神経ではあるまい。


ミツルギは別の意味で警戒感を

露わにしつつ、さらに前へ。やがて

暗がりの通路を抜け円形広場へと至った。





かなり、広い。

それが第一印象だ。



実際の広さまでは判らぬが、灯りが灯って

いるのが中央部、石板やオブジェ周辺のみ

なため、余計にそう感じてしまうようだ。


地上の図面で確認した通り、中央と思しき

一帯には石板を組み合わせたらしき硬質な

構造物と解読不能な紋様を具えたオブジェ。


直にみたオブジェは大きな球体に円柱や

立方体を連結したような構造に見えた。


石板を組み合わせたらしき構造物が

ぐるりと囲う円の内部、やや高い位置に

オブジェが垣間見えている。


灯りの反射具合からいって、

紋様は球体部分に集中していそうだ。


光源はどうやら石板構造物が囲う内側に。

オブジェの傍にあるようだ。安定性や拡散

度合から判じるに、ランタンではなかろうか。



とまれ通路の終端から眺めてみると

灯りを有する中央のみが茫洋と浮かび

周囲は深い闇の中だ。


通路の時点で嗅ぎ付けた息吹の出所が

中央部であることを再確認しつつ

ミツルギはまずは左右の壁面を調べた。


すぐに壁に掛かった松明が見つかったので

それに火を点け後続の足掛かりとしつつ、

自身は広場中央に茫洋と浮かぶ、

オブジェを目指す事とした。

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