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シラクサの賦  作者: Iz
第二楽章 彼方へと
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第二楽章 彼方へと その30

「昇降機のロックは

 上から解除できぬのですか?」


地下遺構の入口を示す石柱の手前で

戦闘車両に耳打つように声を潜め

問うミツルギ。


ロックの解除さえ叶うなら、構造上

昇降機は自然に元の位置へと戻る。

そうした見立てでの問いだった。


(できます。ただし地下で

 それを報せる音が鳴ります)


と念話するシラクサ。さらに


(地上、地下の両方から昇降機を手動操作

 する機構も備わっていますが、かなりの

 仕事量を要する上相当な騒音が出るようです)


とも告げた。


要はむざむざ到着を報せるようなものだ。

地下に潜むのが伏兵であれば、愚の骨頂

という事になろう。


「竪穴部分の深さは如何程ですか」


とルメール。


(概測で地下4階相当です)


との即応に、旅装から野営用の

細身のロープを数本取り出して


「ふむ、どれも精々一階分、か」


とその長さを見立てた。


本来の用途には十二分の長さだが、

竪穴を下るには不適当といえた。


繋いで距離を稼いでも屈強過ぎる

騎士の体躯をぶら下げたなら、

まず間違いなく、ブチっといくだろう。


だが


「いけそうですな」


「そうだな」


と頷き合う両騎士。


シラクサも取り立てて

止め立てはしなかった。





以上のようなやり取りを下に

定まった方針は以下の通り。



まずは天幕設営用な細身のロープ数本を

強引に縒り合わせ、1本の荒縄に加工する。


次にルメールが数条束ねて右手に持った

総鉄身の手槍を、手にしたまま竪穴の縁へ

小さく弧を切り取るようにして寝かせる。


そうしてルメールは右手に握った手槍の

束を支えとして、竪穴内にぶら下がる。


竪穴内にぶら下がったルメールは

さらに左手に縒り合せた荒縄を掴む。


そしてその荒縄へとミツルギが

松明を手に片手でぶら下がる。



との算段であった。



荒縄自体の寸法は、精々建物1階分だ。

そこにルメールとミツルギの身長を加算し

1階半分程距離を稼いだ上で、ミツルギが

昇降機の床へと飛び降りる。そういう事だ。


ミツルギは実質1階半程の

高さを飛び降りる事になる。


軽装である事や何よりその強靭極まる

身的能力を踏まえれば、未知の暗所への

着地であっても特段大きな困難はあるまい。

そういう見立てなのだった。


昇降機へと降り立った後は周辺状況を

警戒しつつ速やかに昇降機の固定を解除。

敵影なくば昇降機のみを。あらば自身をも

地上へと送りルメールと合流、改めて対応を

検討する事とする。


かくして計画は実行に移された。





例えば書面に書かれた条件に基づき

解法を探る、文章問題の類であったなら。

要は机上の空論ならば斯様な解も導けよう。


だが異形の脅威の波打ち際で地にぽっかりと

開いた不可知の奈落へと、割と丼勘定な計算

に基づいて気軽にその身を躍らせるなど、並み

の度胸やまともな神経では。何より常識的な

膂力では、到底成し得るものではなかった。


もっとも当の両騎士らはというと。


ルメールは今日のトレーニングは凝った趣向

だとそのまま懸垂を始め兼ねぬ様子であった。


またミツルギは閉所戦用に小太刀の新調を

思い立ち、鍔の形は鞘の仕上げは飾り金具は、

などなどと大変妄想たくましく。


とまれ共にご機嫌で

何と鼻歌混じりであった。


まずは距離を稼ぐべく

両者とも目一杯縦に延び、


次いでミツルギは下方を照らし

足場までの距離と凡その状態を確認。


問題ないと判じた後、無造作に荒縄から

手を放し、するりと暗がりの中へ落ちた。





ずさり。





放り込まれた布袋のような音を立て、

ミツルギは地下に固定されてあった

昇降機の床へと降り立った。


零れて崩れる砂のような滑らかさで

大柄な体躯も地に這うが如く蹲踞そんきょ


まずは耳を澄ましてみる。


左手は音もなく鯉口を切って抜刀に備え

右手は松明を身体から遠ざけるように大きく

前へ掲げ、その下方から覗くように周囲を観た。


有意な音は聞き取れず。

暗がりに忽然と灯りが現れれば

何者であれ反応する。反応は音となる。


それが聞き取れぬなら少なくとも

近接戦の間合いには敵は居るまい。


然様に判じたミツルギは

松明の明かす視界内を検めた。



昇降機の床を照らす松明は一方行にのみ延び、

その先には暗がり。ただし遠方に仄かな灯り。


どうやら遺構の本体である円形広場では

既に幾ばくかの灯りが灯っているらしい。


先刻立ち寄った地下遺構では到着まで

灯りは灯っていなかったと聞いている。


つまり灯りは連合の手の者が気を利かせて

点けていったとは考え難く、その後新たに

潜伏した者が自前で付けたと観るべきだろう。


そしてこの時点で潜伏者が異形である

可能性は、半ば消えたとみてよかろう。


だが飽くまでも半ば、だ。


「掃除」後の遺構に異形が潜伏。

新たにやってきた人の潜伏者が構内に

灯りを灯して落ち着いたところを捕食。


その上でさらなる餌食を待っている、と

いう筋書きまでを否定しきる事はできまい。



西方諸国の御伽噺に

そういったものがあったはずだ。

確か黒頭巾? いやそれだと隠密か……


などと益体もない事を脳裏に過らせ

ミツルギは昇降機から通路へと。


そして通りすがりに固定を解除する

らしきレバーを見止め、これを引いた。


カチリと乾いた音を立て

一拍、二拍と待った辺りで

昇降機は音もなく上昇を始めた。



その様を視認した後ミツルギは奥へ。

地下遺構の本体である円形広場目指し

暗がりの通路を密やかに進んだ。

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