第二楽章 彼方へと その29
小丘の群れが織り成す起伏の狭間には
ひっそりと複数の風穴が佇んでいた。
入り口は本来その一つであったか
或いは然様に偽装されたものだった。
とまれ一部屋分程の横穴の奥にぽっかり
深々と空いた竪穴があり、地下遺構は
その下に構築されているらしい。
遺構の入り口な昇降機とは
その実、竪穴そのものだった。
石柱の図面と注意書きを踏まえ
シラクサの補足説明した内容の大半は
門外漢な両騎士にとり右から左だった。が
詳細はブッチしものっそい大雑把に、
ざっくりイメージを最優先で語るなら。
竪穴の正体はU字の管で
片方の天辺を塞いで中に油を満たし
もう片方の天辺に板を浮かせてある。
板の上に重しが乗ると重みで板は沈み、
それを遺構の深さで強制停止し固定する。
板で押された管内の油には、元の状態に
戻るために必要十分な「膂力」が保存される。
固定を解除すると保存された膂力を用いて
板は自然に上昇し、元の天辺に到達する。
こうして利用時の外圧のみで半永久的に
利用可能な昇降機能が成立している。
と、言う事、らしかった。
詳細な機構や発明要素については、
全く興味がないため聞き流した両騎士だが、
一点、極めて重要な点だけはしかと承知した。
つまり。
昇降機が下りている、とは
誰かが地下遺構に居る、という
明確な証左に他ならないのだった。
解だけは既に直感で嗅ぎ取っていた
両騎士だが、途中の式を得て厳に確信。
速やかに次の行動へと移行した。
騎士らがおこなったのは
遺構周辺の地面の観察だ。
煌々たる星月に夜目と松明まで動員し
相当丹念に調べてまわったところ。
余りに足跡が多すぎてむしろ混乱した。
どうやらこの遺構は平素より、色んな
意味で繁盛しているらしい、とは判った。
こうして足跡の種類や新旧、形状から
潜伏者を割り出す手は使えなくなった。
だが一点だけ有意な情報は手に入れた。
それは、真新しい足跡のうちに
馬蹄が一つも無かったという事実だ。
これにより、今遺構の中にいるのが
今一人の同行予定者である城砦騎士
デレクである線は、消えた。
そもそも此度の旅程の詳細は
昨夕の軍議で通達されたものだ。
軍議に参加してないデレクには
この遺構の場所も一行が此処に立ち寄る事も
何一つ、現時点では知らされてはいなかった。
両騎士としては、合流に際しては
狼煙で現在地を知らせる予定だったのだ。
ただ、城砦騎士デレクは古今東西のあらゆる
武器を達人の域で使いこなす当世一の器用人。
また武器に留まらず書画や奏楽すら
一流の水準で嗜む正に万能の天才だった。
万事において如才ない彼の事だ、
いかでか勘付き先回りしている可能性、
無きにしも有らず。
彼は第四戦隊の人間だ。単に一行を驚かす
ためだけに先回りする、それは在り得る。
第四戦隊員はそういう事を嬉々としてやる。
ただそれでも、重装した馬に忍び歩きを
させるのは、いくら彼でも無理だろう。
……無理だろうか? どうだろう……
過ぎたるは及ばざるが如し。
熟慮は軍師に任せるべしとて、
両騎士はそれ以上悩まぬ事とした。
書面を残した連合軍の手の者である線も
まず、無いだろう。書面は地上で書かれ
地上の石柱に貼られたものだ。
また仕留め残した狗盗鼠賊な線も薄い。
書面は意図を持って遺構に近づく者なら
誰もが気付く目印な石柱に貼られていた。
賊徒とて馬鹿ではない。書面は殲滅者が
他者に回収させるために貼ったのだ。
それぐらいの事は、理解できる。
ならその他者とやらが遠からず此処へ
回収にやってくるに相違ないわけで、
のこのこ居残ると明日は我が身。
三十六計逃げるに如かず、だ。
そもそも賊徒は両騎士の敵ではない。
わざわざ武器を取らずとも、何なら火を炊き
煙で燻せばすぐ出てくるかコロリと逝くだろう。
とまれ今遺構に居るであろう何者かが
人である限りにおいては、油断さえ
しなければ問題はなさそうだ。
そうなると、残る懸念はただ一点。
ここは荒野と平原の境界に近い。
地に確固たる線引きや防壁が無い以上、
人であれ異形であれ行き来は自由なのだ。
連合の手の者による「掃除」で生じた
屍や血の臭いに釣られ、ふらふらと
やって来た野良の異形が潜んでいる、
その可能性、また無きにしも有らず。
余りに異質で比較はできぬが、
異形は人よりあらゆる点で優れている。
当然知力においてもだ。書面が読めずとも
回収者来訪の可能性を察し、待ち構える
くらいの事は正に、やり兼ねぬものだ。
そう、簡潔に、両騎士や軍師に
馴染みの語彙で言うならば。
一行は伏兵を警戒していた。




