第二楽章 彼方へと その27
順調に西進を続ける一行が休息・潜伏用に
確保された次の地下遺構へと迫ったのは、
輓馬のために二度ほど小休止を挟んでより
さらに小一時間ほど後の事。
第一時間区分中盤、
午前3時半辺りの事だった。
当日の夜明けは6時20分と予測されている。
一行としてはそれまでに、騎士団領西端域の
遺構へと到着しておきたいところだった。
現状行軍の進捗は6割強。このまま大過なく
いけば6時過ぎには潜伏予定の遺構へと着く
見込みだが、大事を取って此度の遺構への
滞在は見送り、針路上での小休止のみで
速やかに旅程へ戻る事とした。
小休止中の打ち合わせによれば。
現状大街道予定地を最西端まで進んだ位置
に在る廃墟で休息中の今期の移送大隊は、
午前4時に陣を払い、いよいよ荒野へと進入。
その後、騎士団領西端と荒野東域中央部を
占拠する大湿原との、ちょうど中間域な
平野部を北上。
次いで東西に長く広がる大湿原に並行する
北方河川と大湿原との狭間な一本道へ。
すなわち「北往路」へと
歩を進める予定なのだという。
また、進捗的にはシラクサ一行が滞在し潜伏
する予定である最後の遺構に到着する丁度
その折に、移送大隊は正にその真西を。
目視できる距離を通過する見通しなのだとか。
また
「実は此度の行軍にはもう一方、
同行される事になっております」
とミツルギは
「移送大隊の通過後、北往路入りと
ちょうど入れ替わるような塩梅で
こちらへやって来る予定なのです。
到着は多少遅れるやも知れませんが、
潜伏後の出立の折までには、必ず
合流を果たせておるものかと」
シラクサへと語った。
(その方……
お独りで来られるのですか?)
シラクサの念話には驚いた風情があった。
当然と言えば当然だ。
百鬼夜行が闊歩し跋扈する敵地の只中を、
それも異形らが最も勢いづく夜間に単騎で
抜けてくるなぞ、狂気の沙汰をも超えている。
眼前の城砦騎士らですら、こちらへ
戻ってくる際は異形の最も大人しい
日中に、移送大隊の馬車で、のはず。
いや勿論、現にシラクサ一行は
荒野を夜間に駆け抜ける予定であり
また少なくとも荒野東域の異形らでは
眼前の城砦騎士らには敵うまい。
城砦騎士の二つ名の一つである
絶対強者
とはまさにそういう意味なのだから。
だが囮の餌箱たる中央城砦へ向かうのと
そこから平原へと戻るのでは、魔軍や
異形らの反応は天と地程も違うはず。
食卓に運ばれてくる料理ならば
お行儀よく待つ事もしよう。
また空になった皿を次の料理のために
下げるというのであれば、そこは
多少、理性で我慢もできよう。
だがその料理が手を付けぬうちに
いきなり食卓から下げられるとなれば
なりふり構わずかっ喰らいに出るだろう。
単騎での帰還なぞは正にこれ。
異形らの視点に立って観たなら、
後で食べようと残していた好物を
要らないんだ? じゃあ下げるね、と
一方的に誤解し取り上げるに等しい蛮行だ。
さらに申さば
東方諸国の民謡の一節。
いきはよいよい、かえりはこわい
これは荒野の往路往来の妙味を
実に的確に捉えていると言えた。
「ふむ、ご憂慮は確かに御尤も。
なれどその方、騎馬を駆っては
我ら絶対強者たる城砦騎士の、
さらに一段上を往きます。
気軽にこれを狩れるのは、
最早荒神たる魔をおいてあるまいと
見做される城砦騎士長級の鬼武者にて」
ミツルギは訝るシラクサに笑みを見せ
「勝手知ったる古馴染み、いや
どちらかというと悪友ですか」
とルメールもまた
どこか含みのある笑みを。
シラクサは城砦軍師だ。得られた情報を
脳裏の書庫で検索し思惟し該当者を
割り出すのに刹那も在れば十二分であった。
(騎士団騎士会若手筆頭、
第四戦隊所属、城砦騎士。
デレク卿が来られるのですね)
「はは、いや、誠にお美事!」
おぉ、と巌のような上体をのけ反らせ、
蕩けるような、しかし客観的には
極めて物騒な笑みで感服するミツルギ。
「もっとヒントを減らすべきだった」
何ともはや。次の「若手筆頭」な事まで
あっさり看破されようとは、と更に
一驚禁じ得ず苦笑するルメール。
やがて両騎士は顔を見合わせ
これは敵わぬお手上げだと笑いだした。
もっとも、シラクサ当人にとれば極自然。
至極当然の挙措であるゆえ、何故斯様に
ウケているのか、むしろそこが判らない。
自己分析がまるで出来ぬという点では
騎士団上層部の一員となるに相応しい、
胡乱げな眼差しのシラクサであった。




