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シラクサの賦  作者: Iz
第二楽章 彼方へと
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第二楽章 彼方へと その25

荒野の中央城砦へ赴くのだと

決意を固めたシラクサは、当然赴任先の

事物風習の諸々を委細疎漏なく学び終えていた。


だが


「火元の準備を整えてきましたぞ」


とどこからともなく薪を

かき集めてきたミツルギや


「あぁ助かる。寒いからな、

 やはり火にかけ鍋気味が良い」


と嬉々として応じルメールの



「どこで炊くかな……」


「通路の手前で良いのでは」


「それでいこう」



と早速火を炊き揃ってものっそい手際で

分業しつつ遺構の瓦礫や手槍やら何やらを

組み合わせて特大の囲炉裏風焚火台を

完成させる様に、すっかり面食らっていた。




比類なき域にまで鍛え上げた屈強な体躯に

平原製に軽く数倍する重甲冑を纏い重盾を

構えて戦列を組み、人より遥かに強大な

異形らの突撃を真っ向受け止め跳ね返す。


それが第一戦隊戦闘員だ。


肉体の悪魔の群れである彼らは

その悪魔チックな肉体を維持しいっそ

より大物の悪魔(体)となるために莫大な。


そう、莫大という表現でしか形容し得ぬ

肉中心の糧秣を必要としていた。資料に

よれば城砦騎士団の所有する糧秣の

実に7割は彼らが消費すると言う。


城砦騎士団中兵団の正規戦闘員、すなわち

城砦兵士及び兵士長の定数は1000。

このうち第一戦隊員は400名とされる。


また中央城砦には非戦闘員や駐留騎士団等

他にも多くの人々が詰めており、それらを

含めた総数は現状2000ほどであった。


つまりはたった2割の人員が総糧秣の

7割を独占し消費しているという事だ。

まさに焼、否、弱肉強食の縮図であった。



また、第一戦隊員は

工兵としても精鋭だという。


その屈強過ぎる体躯を活かして

筋トレ代わりに資材を担ぎ、現地では

重機も使わんとサクサク組み上げるので

恐ろしく施工が捗るのだとか。


揃って出鱈目な膂力ゆえ

よくネジ穴を潰し細かい部材を

へし折ってしまうのが珠に傷だが、

そういうのは工兵や職人がやれば良い。


特に城外での施工では護衛も兼ねるので

とにかく使い勝手がよく重宝されていた。

もっとも使うには膨大な糧秣が追加で要る。

納期や予算と相談しご利用は計画的にであった。





とまれそうした中央城砦と城砦騎士団特有の

風物を事前に十全に把握していたシラクサ。


だが今眼前で繰り広げられる光景の

説明にはそれだけでは足りぬと思われた。



曰く、好きこそものの上手なれ。

無論、彼らが好きなのは、斯様な

「お手伝い」そのものではあるまい。


飯だ。飯が余りにも好きすぎて

そのためにすべき諸々までも

極めてしまったに違いない。


第二戦隊員なミツルギについては

単に付き合いが良いだけの可能性もある。

が、岩から武神像をあら削ったが如き彼の

体躯は完全に第一戦隊仕様だ。大差あるまい。



とにかく、彼らは飯が好きなのだ。



凛々しく引き締まっていたはずの強面衆が

かくも童心でキャンプでファイアーなのは、

きっとそういう事、なのだろう。


呆気に取られつつもシラクサは

兵と兵糧と士気の関係を示す典型と

判じ今後の作戦参謀に活かす事とした。





「シラクサ殿、車体前方の

 格納庫を開けて貰えますか」


(ただちに)


快活に笑顔でそう告げるルメール。


陽気や活気はうつるものだ。応じる

シラクサも何だか楽しくなってきた。


車内の映像から車両全体の模式図を探し

指摘された部位を確認して適宜操作。


すると車両後部に比べて緩やかな弧と曲線で

構築された、種の底な辺りからプシュっと

音がして辺りの上面が持ち上がった。


これを受け頼んだルメールは手早く中を確認。

大人の腕で一抱えしきれぬ程度の胴回りを

した低い円柱の如きものを取り出した。



概ね大人の胴程の高さな、

巨大な輪切りの切り株の如き円柱を

丁重に、地に敷いた自身の外套へ安置。


屈んで側面を眺め何やら確認し、

上から1割5分辺りに手を掛けて

それを円柱から剥がす風に持ち上げた。


取り分けられた円柱の1割5分は、下方

中央がほんのり膨らんだ厚手の盆な外観だ。


ルメールはそれをさらに三分割して、随分

火勢の安定した即席の炉へと並べて掛けた。


元の上面を蓋として残る8割5分へと

かぶせ、現れくべられた薄手の円柱3枚。


円盾ホプロンの裏面そっくり、いやそのものなそれらの

浅く窪んだ表側の、8等分された各区画には

びっしりと、ほぼ肉料理が敷き詰めてあった。


ルメールとミツルギはそれら肉料理を

それは真剣に観測、吟味し、問題ないと

思われる区画へは水嚢すいのうから適量水を注いで

軽く煮込む構えを示した。


やがて各々のホプロンからはふつふつと

見目麗しき湯気が立ち上り、ぱちぱちと

音を立てる焚火の煙と共に棚引き地上へと。


一方で香りは居残り遺構を満たし、

ルメールとミツルギは美味い事いったと

頬取り落とさんばかりの笑みを浮かべた。



「うむ、やはり冬はホプロン鍋ですな。

 早くも『帰ってきた』気がいたします」


「気が合うなミツルギ。

 いつかアレケン殿にも

 ご堪能いただきたいものだ」


「ささ、シラクサ殿。

 良い加減に煮えて参りましたぞ。


 別途茶なども点てますゆえ

 是非とも共に頂くとしましょう」

 

(は、はぁ……)



スクリニェットを発ってよりもう何度目か

判らぬほど呆気に取られまくりなシラクサは、

それでもさらに呆気に取られざるを得なかった。


どうにもこのところ、不覚まみれだ。

不覚を取らせ一驚一敗地に塗れさすのは、

軍師である自分の役目のはず。宜しくない。


ホプロン鍋は一区画とて平らげられそうに

ないものの、せめて茶くらいは頂こうと

ややプンスカしつつ表へ出るシラクサ。


真冬ながら地下遺構は思ったより暖か。

何より生まれて初めての大冒険の最中だ。

目深なフードで隠した面持ちは、すぐに

柔らかなものへと変じていった。

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