第二楽章 彼方へと その24
水の文明。
血の宴により平原全土規模で
歴史がリセットされた当世にとり
それは正に先史時代の物語であった。
栄えた一帯が根こそぎ蹂躙され
担い手の億の人々は皆、喰われた。
災禍の翼は外延部をも覆って
文明の利器への理解は及ばずとも
利用しお零れに与る程度は出来ていた
数億の仮初の継承者もまた、相次ぎ死んだ。
お陰で巷間ではただ漠然と、かつて
当地には高度な文明が栄えていたのだと。
未だ地に遺る廃墟や遺構に各地の神話伝承を
織り交ぜ、酒場で詩人が歌うものが全てだった。
一方城砦騎士であるルメールは当然ながら
未だ補充兵であった時分に城砦騎士団が
施す訓練課程を修了している。
訓練課程では当代異数の大賢者である
城砦軍師らが直々に、城砦騎士団や
西方諸国連合の沿革を語る一環として、
水の文明についても講義する。
お陰で市井に流れるものよりは
もう少し深い知識を有していた。
水の文明。
勃興及び最盛期は未だ不明だが、滅亡は概ね
百数十年から数百年程前の事だと識者は語る。
滅亡の原因は荒野の魔軍の大規模侵攻
「血の宴」とみて間違いないようだ。
だがその血の宴の発生から魔軍に抗する
最初の軍勢が起こりそして西方諸国連合が
誕生するまでに、どれ程の歳月が掛かったか。
そこが未だ判然としていなかった。
滅亡時期にかなりざっくりとした
幅があるのは、まずはこうした
事柄に起因しており、かつ。
少しでも自国の歴史を長く盛りたい
西方諸国各々のプライドが邪魔をして
解釈が一点に定まらぬため、なのだとか。
とまれ西方諸国連合が誕生し、平原西域より
魔軍の残党を追い落とす掃討戦が始まった頃
から現行文明にも余裕が生まれ、資料価値の
ある記録が残され出したのだという。
当世の人の平均寿命は50前後だ。
よって少なくとも数世代分歴史の担い手が
入れ替わる程に昔の事なのは、確かなのだろう。
文明全体の特徴としては極めて高い
治水技術を有していたことが挙げられる。
治水の粋は生産、運輸、医療、福祉等
凡そ思いつく限りのあらゆる要素を高め
空前の発展をもたらし、余剰が外延部に
多数の衛星都市国家群を生み出した。
これが西方諸国の起源だとも言われている。
水の文明にはさらにもう一つ。
人と人ならざる者とが共存し共栄を
図っていたとの特徴が指摘されている。
これは水の文明よりさらに遥かな昔
平原中央より全土を支配した「闇の王国」
の在り様を忠実に継承したものなのだとか。
「闇の王国」の主体は人ならざる者であり、
当世の「人」は数ある構成種の一つだった。
が、この人という種。数を増やす能力に
おいては他の追随を許さぬほど、秀でていた。
やがてこの能力により人は、闇の王国を
内部から蚕食。遂には喰い破った。
そうして人は人による人のためだけの
「光の王国」を興し、その上さらに
人ならざる者らの排斥に走った。
そうして追われた人ならざる者らが
光の王国の在り方を良しとせぬ人らと
飽くまでも共栄を目指し立ち上げたのが
地水火風の「四つの文明」で、水の文明は
そのうち最後まで残った一つだったという。
ルメールが聞き知っていたのはここまでだった。
そして今宵、初めて水の文明の遺構に至った。
この事で新たに得た感慨があった。
今自身の立つこの遺構は、
人ならざる者用の生活空間のはずだ。
だが規模はともかく内部の機能や用途、
特にサイズ感は余りにも「人」寄りだった。
お陰でここでの暮らしを空想した場合、
そこに出てくるのはいずれも尋常の人の姿
をした存在であって、到底「人ならざる」
などとは形容はできないのだった。
そこで思い至ったのは、古代文明における
人と人ならざる者の間には、精々亜種と称し
得る程度の差異しか、なかったのではないか。
もっといえば強調すべき
差異は、外観ではなく内面に。
超常の身体能力や魔術の行使能力等にあった
のではないか。つまりは当世に生きる一般人
と城砦騎士や軍師祈祷士との差、程度のもの
ではなかったか、と。
そのような感慨を抱いていたのだった。
(どうかされましたか?)
倉庫跡らしき地下遺構のほぼ中央に立ち
壁面を眺め黙考するルメールを見止め、
シラクサは気遣わしげに問うた。
ルメールはシラクサの声を発した
戦闘車両へと視線を移した。
シラクサは城砦軍師だ。
それも史上最年少で任官される
程の、圧巻白眉な叡智の持ち主だ。
先刻より自身の抱いていた
抽象的な空想に対しても
問えば納得のいく解を
与えてくれるのやも知れぬ。
シラクサの問いも配慮ゆえだ。
いっそここで休憩がてら講義を拝聴
するのも悪くない、などと思いつつも。
ルメールが爽やかな笑顔で告げたのは
古代文明の謎とも自身の抱いた感慨とも
まるで関係のない事柄だった。
「食事にしましょう」
第一戦隊では一日四食。
既に0時を回っている。
つまりは飯時。
そういう事であった。




