第二楽章 彼方へと その23
荒野の異形は夜陰に跳梁跋扈する。
然るに戦は専ら夜に。とりわけ
「宴」は闇夜に起こる。
ゆえに歴戦の城砦騎士団員は夜目が利く。
拠点防衛に専心する第一戦隊は大抵防壁の
篝火が明かす範囲で戦うため、同戦隊員の
夜目は利かぬ方だが、城砦騎士はまた別格だ。
城砦騎士は天地を満たす常闇の最中に
顕現した大いなる「魔」と対峙する。
お陰で夜目どころか闇目が利く。
そう嘯ける程、暗がりに強かった。
ルメールは行軍速度そのままに
地下遺構へと、まずは10歩。
通路の幅は地表の石柱の成す狭間に
等しいまま奥へと続いているようだ。
戦闘車両の通行に支障はなさそうだった。
外は金銀砂子の満ちた杯を
大いに傾け零したが如く明るい。
お陰でそちらからの印象とは異なり
入口付近もまた、相応に明るい。
ルメールはさらに10歩進んだ。
深い、深い水底の如く
徐々に外からの光が
届かなくなってきた。
視界に乏しい環境下を往く場合、
目以外による情報を総動員すれば
相応にこれを補い得る。
まずは聴覚、臭覚に触覚。
五感は常に総動員だ。
また行軍慣れした兵士であれば
規則正しく繰り返す歩幅をもとに
距離の測定も可能であった。
書面に曰く、賊徒の潜伏があって
既に「掃除済み」の状態であるらしい。
賊徒であれ闇の勢力であれ畢竟人の子だ。
明かりが無くば生きてはいけぬ。ゆえに
根城では当然に照明を用いる事だろう。
であればそろそろだろうかと
壁面を見やれば、やはり在った。
ルメールの視線の先、肩の高さには
壁から環状の金具が突き出ており、上部が
未だ奇麗なままの真新しい薪が引っ掛けてある。
察するに「掃除」後改めて用意したのだろう。
カッシーニの言にあった「手の者」とやら、
中々に気が利いているようだ。
右手に束ね持つ数条の手槍を重盾共々
左手に纏め、腰のポーチより小包を。
グシャリ。
無造作に握った篭手の手指、その狭間から
途端に炎が溢れ、ルメールはそれを壁面の
薪へと差し出した。
小包は使い切りの火種だ。
中には火打ち石の欠片や炭の粉末、
油を吸った藁や糸くずなどが詰まっていて
外から相応の衝撃を与えれば発火する仕組みだ。
城砦騎士団員には馴染みの小道具だが
大抵は武器等で殴りつけて使う。
握り潰す例は中々無かった。
とまれ薪には火が灯った。
それを壁から抜き取って
他の薪を探し、灯していく。
こうしてさらに10歩が過ぎた。
地表から、傾斜を伴い30歩。
ただし屈強過ぎる城砦騎士の歩幅なので
常人に換算すれば5~60歩程で通路は終了。
その先は開けた洞のようだ。
手にした薪では照らし切れぬので
やはり壁面に沿って薪を灯していく。
通路から左右の壁面までは20歩。
ただし奥行きは浅く10歩と少しで
積みあがった瓦礫が壁を成していた。
領域内を篝火で満たすと通路周囲の無事な
壁面は多くの絵図や文字で彩られており、
往時の賑わいを彷彿させた。
また瓦礫周辺はじめ奥側の壁面は
無残に傷つき痛んでおり、遠いかつて
当地で起きた悲劇の様相を想起せしめた。
水の文明圏、か……
密やかな馬蹄や車輪の音と共に
スルスルと下ってきた戦闘車両を眺め
束の間の物思いに耽るルメールであった。




