第二楽章 彼方へと その18
「まぁまぁ、まーまーまー!」
「いやまぁ、まーそれはまぁ」
「ままぁ! まぁ! まーまぁ!」
「い、いやぁー、まーまぁー……」
損得を忖度せぬ尊貴なる尊厳の格闘。
即ち相手の意志を屈服させ自儘を通すべく
繰り広げられた神聖にして不可侵、かつ
正真熾烈なるまーまー合戦は果たして
城砦騎士ミツルギの勝利に終わった。
人口1億数千万、単独で平原全土の総人口を
3割有する超大国、フェルモリア大王国の
100万を号する正規軍総兵力。
そのうち大王の至宝とすら称される近衛、
鉄騎衆を高々40代という若輩ながら
一手に統率する長官アレケン。
彼は当然の如く政戦両略に長けた傑物。
特におもてなしスキルは同国でも屈指。
だが王家の血筋に連なるという、
致命的弱点をも抱えていた。
同大王国王家の男子は須らく、
常住坐臥病める時も健やかなる時も
常にウケを狙いはっちゃけ踊りポージング
せねば生きていけぬという「呪われた血」を
有しているのだ。
それゆえ、
天下の城砦騎士とその一行を饗応して
勢力間の良好な関係と個人的な貸しを作り
自国の、特に三大国家中他の二国に対しての
政治的優位を確保する一助にせんという、実は
意外に高度で割と強かな策謀は。
しかしながら、この
「呪われた血」によって
あらぬ方向にすっ飛んでしまった。
つまり、まーまーまーまーのスキャットに
合わせなおも謎めき踊り狂う、その拍子に
合わせ。対峙するミツルギがそれはもぅ
絶妙なタイミングで
よっ、はっ! とか
さぁどした! とかを
小粋な指パッチンや手拍子足拍子と共に
連発するものだから、アレケンに流れる
呪われた血が是非もなく沸騰して
最早制御不能となり、
踊りたい。
だってアタイ、踊り子だもん!
といった感じに至らしめ、背後へ手招きし
無駄にノリの良い配下を複数召喚。そして
彼らをバックダンサーとして、実に十数分。
ただひたすらに。何もかんも忘れ
ただひたすらに、踊り狂った。
踊り狂ってしまったからだった。
午後11時の10分過ぎ。
「ふぅ! いやぁ、
良い汗をかきました」
すっかり上気し、白い息を吐いて
配下共々、とことんやりきった感に
溢れる実に良い顔で笑むアレケン。
妻子ある身の40代だ。
「流石は名高きアレケン殿。
実に見事なお手並みにて
まこと眼福至極に御座いました」
巌を粗削った武神像の如きミツルギは
厳めしい顔を土石流の如く豪快に笑ませた。
最早大人も子供も泣くしか無さげだ。
これにアレケン、ただ快活に。
「いやそれがしなどはまだまだ。
日々精進あるのみ、ですなぁ」
ミツルギはこれに大いに頷き、
「位人臣を極めてなお
その素晴らしきお心掛け、
是非とも見習いたく存じます。
……さて、良い具合に
小休止も取れましたので、
我らはそろそろ出立いたします」
と一礼。ルメールも巧みにこれに合わせた。
「おぉ、もぅ行かれますか!
いや何のおもてなしもできず、
誠に心苦しい限りではありますが……
鉄城門、開門せよ!」
アレケンの一声を受けて
甲高い金属音と地響きの如き重低音が
束の間共演し、南西に大きく景色を開いた。
「とんでも御座いませぬ。
大層堪能させて頂きました。
さらばこれにてご免仕ります」
巌の如き大なる体躯をこれでもかと
折り畳み慇懃に返ずる城砦騎士ミツルギ。
長官アレケン以下、皆良い笑顔の鉄騎衆や
付近に詰める警備の兵らが大手を振って
見送る中、こうしてシラクサ一行は
アウクシリウムを出立した。




