第二楽章 彼方へと その17
午後11時が迫ってきた頃シラクサ一行は
アウクシリウム市街南西区画の最南西へ。
荒野へ向かう部隊のための大規模な
鉄城門の在る一角へと至った。
俯瞰すれば真円に相似するこの騎士団領
アウクシリウムだが、地平より望めば
防壁の厚みや警備の人数等の物々しさが
東西でまるで異なっている事に気づく。
かつて当地を侵して億の人々を屠り
続く文明崩壊でさらに数億を死に至らしめ
平原の総人口を8億から2億に減らした魔軍の
大侵攻「血の宴」は西方、荒野からやって来た。
数百年程前と言われるこの大災厄の後
超国家的な協力体制を構築、魔軍を追い落とし
防衛体制を整え復興に喘ぎつつもかつての文明
水準を取り戻そうとしている、それが当世だ。
お陰で災禍の中心となった平原西域では特に
魔軍による恐怖の刻印が根強く、無意識にも
西を警戒してしまう、そういう趣があった。
最前線は遥か彼方であるというのにそれでも
当区画の人々が常に臨戦態勢で事に臨むのは、
そうした心境の成せる技でもあった。
さてこの南西区画の最南西。
遠目にも偉容を誇る鉄城門の傍らには
荒野に孤立する中央城砦への移送を
一手に担う西方諸国連合の最精鋭旅団
「駐留騎士団」が拠点を構えている。
駐留騎士団。
その実態は西方諸国連合加盟国のうち
平原中枢を南北に三分して支配する超大国
「三大国家」が回り持ちで派遣する正規軍だ。
血の宴からの復興に喘ぐ当世、侵攻直下
であった平原西域を領する西方諸国の
大半は、常備軍を有していない。
そうした諸国は支配層の私兵で最低限の
自治警察をおこない、国家間の争いは
連合加盟国間の不戦協定で無効化。
連合への人資物資の提供義務の履行を
安全保障上の最小限の手間賃として、
国力の回復に血道をあげていた。
一方平原中枢を領する三大国家は元来
西方諸国連合の後援を大義名分に周囲を
併呑し膨張し隆盛してきた経緯があった。
そのため連合発足以降たった一度の例外を
除き、常に一貫して最大の後援者を務めている。
自国の正規軍中最精鋭の旅団を惜しげもなく
提供しているのも、そうした事由からだった。
一行がスクリニェットを出立してより
そろそろ小一時間となる。
徒歩で随行する城砦騎士2名はまるで
疲れた様子を見せないが、戦闘車両を
曳く輓馬には小休止が必要だ。
ちょうど区切りの良いことだし、と一行は
次の移送に向け鋭意準備点検演習等に励む
駐留騎士団の邪魔にならぬよう、手頃な
余地を探し始めた。
すると、駐留騎士団営舎より。
何やら高貴な身なりの男が
雀踊りさながらにまろび出て、
謎めきくるりひらりとしながら
一行の前までやってきた。
車内に映る余りに奇矯な奇行振りに
シラクサは暫し、反応できず。
城砦騎士2名は生暖かい目で会釈して
近侍してもなおステップ&ボックスな
奇人な貴人が落ち着くのを待った。
「やっ! どーもどーも!
お戻りですか」
民族舞踊の一節の如くに
小粋に手を挙げ笑む壮年の男。
装飾豊かなサーコートの胸部には
金床に三方を向いて座す三頭の獅子。
これは平原中枢三大国家のうち南の雄、
フェルモリア大王国及び大王家の紋章だ。
また豪奢なサーコートのその下には
その実がっつり甲冑を着込んでいる。
その上であの敏捷性と柔軟性だ。
間違いなくただ者ではあるまい、
とシラクサは分析を開始した。
「御自らのお声掛け、
誠に痛み入ります、長官殿。
仰せの通りなのですが、出来れば
此処で小休止を取らせていただこうかと」
厳めしい顔を笑顔状に崩し、
結果益々泣く子も黙る相好にて
慇懃に返ずる城砦騎士ミツルギ。
こういう手合いの相手にはどうも
慣れているようだ、とシラクサは観た。
「お! 宜しいですな!
鍋にしますか! ささ、中へ」
「あぃゃ、流石にそれは!」
「まぁまぁ! まーまーまー!」
何だろうこの居酒屋感。
シラクサはふとミツルギの歳が気になった。
ちなみにルメールは黙して語らず。
ただし鍋と聞いて眼付きが変わったような。
「そもそも我らは護衛に過ぎませず」
「勿論存じておりますとも!
ささ、お姫様もどうぞ中へ!
何ならお輿のままででも!
スイーツ鍋などご用意しますぞ!!
おっと申し遅れましたな、これは失敬!
それがし、今期の駐留騎士団を預かる
フェルモリア大王国正規軍鉄騎衆長官の
アレケンです。是非コンゴトモヨロシク!」
言うが早いか再び謎めく
ダンスに移行するアレケン。
フェルモリア大王家の遠縁にして
妻子ある身の四十代であった。
急に飛んできた流れ弾。
それも突っ込み所満載過ぎて
あっさり処理限界を超え
硬直するシラクサ。
年齢的にも境遇的にも、
対人関係には不慣れであった。
もっとも此度は相手が余りに
アレで難度高過ぎな嫌いはあった。




