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シラクサの賦  作者: Iz
第二楽章 彼方へと
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第二楽章 彼方へと その16

城砦軍師シラクサを乗せた件の戦闘車両が

城砦騎士2名を伴いスクリニェットを出立

したのは、午後10時過ぎの事だった。



アウクシリウムの北東区画には

城砦騎士団の関連施設が建ち並ぶ。


折しも「宴」後の特別休暇「帰境」

の最中だ。例年よりは少ないものの

夜間でも大路には相応の往来があった。


ただ、行き交う大半は現役の騎士団員だ。

彼らは理解の及ばぬ奇怪な事象には

すっかり慣れっこになっている。


その為件の怪しさ満点な様にも

大して動じた様は見せず。むしろ



どうせ参謀部絡みだろう……



正鵠無比せいこくむひに見て取って

見て見ぬ振りを徹底していた。



城砦騎士は騎士団騎士会の所属だが

騎士団中兵団の各戦隊へと出向して

各々指揮官を務めている。


往来には騎士らの知己も混じっており

そうした類は敬礼したり或いはすすっと

寄ってきて、包み等を差し出したりしていた。



一般的な特別休暇は中央城砦を発ってより

再び中央城砦に戻るまでの10日間だ。


往路復路も本来は休暇に含まれており

賓客ひんきゃくとして馬車で送迎されるものだ。


にもかかわらず騎士らは武装し

旅装し、妙な車両に随行している。


つまりは休暇を切り上げたのか

もとより特務の類なのだろう。


そこに特に思う所あった連中が

せめてこれでも、と差し入れを。

概ねそんなところらしい。


とまれ特段の騒ぎも起こらず、

むしろ歓迎され気味な体で

一行は北東区画の大路を抜けた。





真円をかたどるアウクシリムの中心には

政庁と行政施設が存在。4区画全てと

接しつつも、簡易な隔壁を有していた。


ただし一行の前方に見える大路の終点、

北東区画とのそれは開け放たれていた。


シラクサ一行が此処を通ると見越した

院長ジュレスからの要請によるらしい。


隔壁脇の衛兵らの敬礼に見送られ

夜間はさっぱり人通りの途絶えている

中央域を大路と同様の針路を保ち粛々と。


南西区画との隔壁も事前に開放済みのようだ。

お陰で一切停車する事なく、シラクサらは

スムースに最後の区画へと至った。





アウクシリウムの南西区画は他の

どの区画よりも活き活きとしていた。


今朝方荒野への大部隊を送り出した

ばかりだが、既に次の便の準備や

帰境便への対応で昼間同様の賑わいだ。


ただし北東区画と同様、あからさまに

騎士団関係なこの一行には一切触れず。


往くがままに道を譲れどめいめいの

仕事へと集中しそれを切らさない。


平和を謳歌する平原に在るも

臨戦態勢の面持ちを見せていた。



そうした気配を好ましく思ってか、



「この界隈かいわいは中央城砦と

 雰囲気がよく似ております」



と語るミツルギ。

ルメール共々心地良さげだ。



(中央城砦には完全な非戦闘員の方も

 少なからず居住されていると聞きました)



歴戦の猛者すら鎧袖一触にほふられる

夜の魔物が闊歩かっぽするちまたに、武器を構える術すら

おぼつかぬ、まさにか弱くはかなきただの人の子が、

万夫不当の英傑ら共々詰めているのだという。



人より遥かに強大な異形の側から見れば

人のうちの戦闘員と非戦闘員の違いなど

ごくごく誤差に過ぎぬやも知れぬ。


それでも自ら武器を取り戦う事を選べる者と

それもできず踊り食いにされるしかない者と

では、まるで心境は異なるのではなかろうか。


中央城砦に詰める、少なからぬ非戦闘員は、

不可避な死による絶望の淵に首まで浸かり

溺れ、諦めの境地で生きているのだろうか。


ふと、シラクサはそんな事を思ったのだ。





「いえ、そんな事はありませんよ」


言外の意図をも汲んでかミツルギは

そのいかめしい顔に笑みをにじませた。



「剣を取り、盾を構えて

 戦う事ができずとも。


 鍛冶であれ建築であれ服飾であれ

 栽培であれ調理であれ、何であれ。


 彼らは皆、自分なりのやり方で

 荒野の異形と相対し人魔の大戦に

 臨む、そういう覚悟をしておられます」



「そうだな。


 実際戦闘員と非戦闘員の区別なんて

 現場じゃ誰も気にしてはいない。

 専門や性分が違うだけだ。


 私やミツルギもそうだ。

 得意分野に熱中していたら

 いつの間にか、こうなっていた。


 本当にただ、それだけさ」



ルメールもまた微笑していた。



威風堂々たる天下の英雄、恐らくは

大いなる人の世の守護者にして絶対強者

城砦騎士が2名も揃って何やら語らっている。


そうした状況は当地でも確かに珍しく、

往来の人々も大路沿いの施設の人々も、

自身の役目に専念しつつも聞き耳だけは

しっかり立てている、そんな様子であった。



「ともあれ。


 一命を尽くして人魔の大戦に臨む、

 その意志と覚悟さえあれば

 誰もが城砦騎士団員だ。

 才も戦地も関係ない。


 そうだろう? 戦友諸君」



思わずはっとする。

微笑するルメールのその言は、

明らかに自身らへと向けられたものだ。


人々はそう理解し、照れて。

益々熱心に励みだした。

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