第二楽章 彼方へと その14
戦闘車両の唐突な、文字通り人を喰った
挙動に暫し、開いた口の塞がらぬ一同。
とはいえ流石に命に関わる様なアレでも
あるまいと、ある種諦めの境地に至り、
状況の変化を待つ事にした。
城砦騎士団の本領は
拠点に拠っての防衛戦だ。
長年それを仕切ってきた
海千山千の妖怪爺婆だ。
持久戦にはとことん強い。
居眠りしつつ何なら朝までと
長期戦を決め込みだした、
そんな頃合いで
(シラクサです。
こちらは問題ありません。
すぐにも出立できそうです)
との念話が響いた。
「そうか。なら宜しかろう、出立だ」
と実に手短に応じるジュレス。
周囲も気を取り直し頷いていた。
(……了解)
すぐにもいけると言っておきながら、
その念話にはどこか不服げな雰囲気が。
懸念は解消しておくべきとて
「どうかしたかね?」
と問う院長ジュレス。
(いえ、別に……)
「思い残しがあってはいかん。
何なりと言っておきなさい」
言い淀むシラクサになお問うた。
(はぁ…… 今朝とは、
その…… 随分違うな、と)
入砦する年長の子らを送り出す今朝の式典で
幹部らは、ともすれば零れ出る悲壮感を払い、
こぞって子らを寿ぎ励ましていた。
そうした「絵になる」情景と比せば
今のコレは余りにもアレでは、と
そう感じてしまうシラクサを
責める事はできまい。
特段感傷に浸りたいわけではない。
が、もうちょっとそれなりに、ねぇ?
それが乙女シラクサの心境ではあった。
あぁ…… と自然に周囲から苦笑が。
もっとも彼らなりに理由はあるのだ。
「貴君は参謀部員だからな。
望めば何時でも連絡がつくから。
ふむ、何なら毎日レポートの提出でも」
(やめて貰えますかそういうの)
洒落にならぬとシラクサは拒んだ。
「流石に里帰りは困難だろうが
愚痴なら何時でも聞いてやるとも。
忌憚なく気軽に光通信してきたまえよ」
(結構ですので。本当に)
「まぁそう言わず。
若者の話は刺激になって良い」
何だか全力でぐだぐだしてきた。
(出立します)
これ以上厄介な事になる前に、と
シラクサは速やかにそう宣言。
(……長らくお世話になりました。
御恩は活躍でお返しいたします)
そう告げ暫し沈黙した。
ややふざけ気味だった一同も
これには一気に引き締まり敬礼を。
ややあって
行って。
と規模の小さな念話が漏れ、これに
前方より車両を曳く輓馬2頭が反応。
シラクサを乗せた戦闘車両は
こうしてスクリニェットを進発した。
前後を天下の城砦騎士に護衛され
通りへと出たシラクサの車両は
やがて夜陰の先に消えた。
その様を見守っていた人影が
嘆息交じりに声を漏らした。
「やれやれ。
確かにあの子の言う通り、
少々デリカシーに欠けましたかな」
この見解に同意する気配は多かった。が
「いや、これで宜しかろう」
「うむ」
「そうですとも」
との言も。
人影たちはそうした言を吟味して
すぐにその真意へと思い至った。
が、敢えて語らず心に秘めた。
――惜別はサクラとだけで十分です。
老いた我らの事は忘れ、ただ前を。
未来を目指して精一杯生きなさい。
そして世界にたった一つきりの、
貴方だけの素敵な物語を紡ぎなさい。
元気でね、シラクサ――
想いが零れ落ちぬよう
フードを目深にかぶり直し
バーバラはしずかに踵を返した。




