第二楽章 彼方へと その8
城砦騎士団が平原に対し秘匿している
参謀長なる要人、そして秘匿している
理由を測らんとするシラクサ。だが
「9時か」
と手元に目をやり、
玻璃の珠時計を確認するジュレス。
「うら若き後輩賢者の誕生に
ついつい興が乗ってしまったが、
そろそろ刻限が迫っているようだ」
「む、確かに」
カッシーニが応じてバーバラへ目配せ。
バーバラはシラクサへ、やけに大振りな
布地にくるまれた、数点の小物を差し出した。
一つは不思議な色味の板を吊るした首飾り。
今一つは掌に収まる程度の煌びやかな宝玉。
後の一つは厚手の羊皮紙に描かれた地図だ。
「これらは城砦騎士団員としての
貴方の身分を保障するものです。
常時携行を心がけなさい」
(拝領します)
バーバラへは目で頷き周囲には念話。
然様に応じ、シラクサは順に手に取った。
首飾りは銀と青の狭間を行き来するが如く
不可思議に色味の変化する金属板を、肌触り
の良い白金色の繊細な、しかし丈夫な鎖紐へと
吊るしたものだ。
金属板の外観は正方形をしているが、内部は
ほぼ内接する円形に大きくくりぬかれていた。
そして円形の空隙には、表裏の中央が
僅かに膨らんだ正方形が頂点四か所で内接。
内接する四角形、否、極々薄手の八面体は
色味は薄っすらとした黄金色だった。
これは城砦騎士団員のうち正規戦闘員、
すなわち城砦兵士以上の階級者が受領し
保有する「認識票」だ。
参謀部は騎士団の正規員数外であり
そもそも非戦闘職ではあるものの、
構成員の多くは城砦兵士からの抜擢だ。
また城砦兵士長相当官でもあるため、
認識票を流用している。そういう事だった。
兵団兵士や騎士らと異なるのは
所属戦隊を示す宝石が付属しないこと。
また勲章に相当する宝飾を伴わないこと。
さらに中央の八面体の色味が外装の
金属板とは異なっていること、など。
希少な金属と高度な技術からなる一角の宝飾品
であり、騎士団員が特別休暇を得て荒野から
騎士団領アウクシリウムへと戻れた際には
紐づけられた勲功共々軍票の如く機能。
正に肌身離せぬ品だった。
二つ目は小ぶりな玻璃の珠。
平素より講義で用いなれた魔具の類だ。
ただし平素用いる無垢な珠とは異なって
この玻璃の珠は絡繰を内包していた。
砂時計に似た不可思議な機構や歯車、
目盛りの刻まれた真鍮の帯等、未知の
技術が賑やかに凝縮されていたのだった。
首飾りはさほど関心を見せずさっさと
身に着けたシラクサだが、こちらには
食い付き知的好奇心の権化と成りかけ。
バーバラに軽く肩を突かれ
ようやく正気に立ち戻れたようだ。
「発明の才が疼くだろう。
設計は参謀部と資材部の協同だ。
図面は参謀部にも保管されている」
(……そうですか)
見透かしたようなジュレスの言に
何食わぬ、素知らぬ風を装うシラクサ。
だが周囲のニタニタには火に油であった。
三つ目の地図は平素用いる紙や羊皮紙ではなく、
明らかに耐久性を重視した重厚なものへと、
さながら彫り物の如く緻密に描画されていた。
地図はシラクサの知る平原世界、その西方を
延長し騎士団領以西、荒野と呼ばれる人智を
超えた異形らの世界、その東域の地形と
構造物を描いたものだ。
また荒野東域より西方は白紙のまま。余白が
大きく残されている。これより先を描き込む
のは、シラクサら次代の騎士団員の役目だろう。
シラクサはそう感じ、気持ちを引き締めた。