第二楽章 彼方へと その7
「さて、戦略兵器についてだが……」
やたらと気分よく語り倒していた
カッシーニは不意に言い淀んだ。
戦略兵器は当然ながら最高級の軍事機密だ。
騎士団の機関であるとはいえ、ここで内容を
詳らかにするのは当然ながら差し障りがあろう。
軍議の参加者は元参謀部員や城砦騎士なので、
その辺りの機微は存分に心得ている。なので
さっさと流して次に行け、と各々視線で訴えた。
だがこうした周囲の反応は杞憂、
いやさまったくの無為であった。
「……」
何故だか不服げに沈黙する
カッシーニ。そして暫時の後
「『がっつりチューンしといたゼ!
そっちに指示しただけだけど!
マニュアルぅ?
ワンオフやぞんなもんあるかぃ!
気合いで乗れ!
乗れば判るさライディトン! YEAH!』」
とリズムとライムで盛り上げシャウト。
後、自らのノリノリな挙措に絶望したか
「……という事だ……」
頭を抱えそう告げた。
だったら普通に読めばいいのに、と思う
シラクサであったが、原文ママ、を重視した
結果だ。蓋し生真面目ゆえの業であろう。
他の幹部らは苦悩のカッシーニに生暖かい
眼差しを向けつつ、読まされなくて良かった
と内心胸を撫でおろしていた。
(……あの。何ですかその、妙な……)
ふざけてんのかぶっ飛ばすぞ、との本心を
グっと堪えて懸命に、慎重に言葉を選ぶ
城砦軍師シラクサ。
クールで苦み走った渋みが売りなのに、と
自身のキャラ崩壊に絶望し未だ立ち直れぬ
カッシーニの手元から、傍らに座す院長の
ジュレスが書状を抜き取り検めた。
「ふむ…… 確かに原文ママだな。
抑揚に関する注意書きも厳守している」
とジュレス。さらに
「『その他詳細情報は
オンラインマニュアルを参照の事』
と欄外に注釈がある。
それとシラクサ。貴官に向けた
コメントも記載されているようだ」
と述べ、やや回復し面を上げた
カッシーニへと書状を戻した。
ちなみに注釈は彼の娘の加筆らしい。
そして、続きは読んでくれるのでは?
との眼差しを向けるも笑顔で無視され、
心の底より悲憤しつつ。カッシーニは
「『隠密・厳密・濃密!
これ参謀部三密な!
しかと覚えとくよぉに!』」
「……だそうだ」
と名演し再び目を覆った。
この辺りの躁鬱は実のところ、
彼の後輩にも共通した特徴だった。
(……緻密や精密はないのですね)
冷徹に、ただ只管に、冷徹に。
分析的知性を発揮するシラクサ。
「人柄だろうな……
大変粗忽な方ではある」
重々しく頷いてみせるジュレス。
(そうですか…… と、言うか。
これらは一体どなたからなのですか?)
「それは勿論、決まっている」
肩を竦めて苦笑するジュレス。
「城砦騎士団参謀長。
城砦軍師長セラエノ閣下だ」
(セラエノ……閣下?)
実のところ、シラクサが城砦軍師「長」や
「参謀長」という役職について耳にするのは
今夜が初の事だった。
従来のシラクサの知識では、参謀部の長官は
筆頭軍師であり、他の軍師や祈祷士と同様
城砦兵士長相当官。
正副や祈祷師、巫女等の小分類はあれど
対外的な階級差はないものと、そのように
認識していたからだ。
だが実態はそうではないようだ。
どうやら城砦騎士団には、叡智の殿堂参謀部に
集う大賢者、城砦軍師や祈祷士らを統括する
さらに上位。おそらくは城砦騎士相当官が在り、
かつその存在を秘匿されているらしい。
そしてこのセラエノ閣下とやら、相当な。
城砦騎士団の用語でいえば、相当ハイレベルな
「お困り様」らしい、とシラクサは認識した。