第二楽章 彼方へと その6
カッシーニの言はなお続く。
「戦闘車両についても概説しておこう。
騎士団参謀部は現状3台の戦闘車両を
有している。いずれも特段の兵装を
有さず、戦術支援に特化した
完全密閉式の箱型構造物だ」
東西に長い楕円の形をした平原の中央域には
東西に長く大規模な街道が走っている。
光の王国由来だとされるその街道は後継者を
自認する中原の大国トリクティアによってさらに
整備、拡大され、当世では騎士団領内を除くほぼ
全域を横断。「大街道」として親しまれていた。
大街道を介した交通の主役は徒歩、そして馬だ。
平原の全幅は、大街道を名馬で往くとして、適宜
乗り換え継ぎ昼夜兼行で十日ほどと言われている。
とまれ荒野の城砦への輸送物資はこの大街道を
介して騎士団領アウクシリウムへと集積される。
それを担うのは十中八九、馬車だった。
そうした状況下で用いられるのは大抵の場合
積載性を最優先した小舟型の車両であり、
人を専門に乗せるものでも天井や幌のある
箱舟型のものは少なかった。
一方連合軍や城砦騎士団では危険に満ちた
荒野の不整地を輸送する必要性から、箱舟型
を採用している。カッシーニの語る戦闘車両も
これを踏襲したものらしい、のだが。
「今回用いるのは最小・最軽量の機体で、
3台の中で最も長距離移動に適している。
城砦騎士団は拠点防衛を旨としている。
そのため外征の機会も専用装備も少ない。
よって使うなら是非相応に運用データを
取ってこいとの、あちらの思惑もまぁ判る」
シラクサは解説を聞くうちに
「性能については折り紙付きだ、
そこは安心してくれていい。
まずは骨格。素材にはフェルモリア
大王国国立工廠鍛造の超硬度軽量鋼を選択。
剛性と軽量化の両立を実現している。
そしてこれを覆う外装には完全な遮光性と
防音性、さらには衝撃吸収性を追求して
騎士団第一戦隊制式重盾である
メナンキュラスの複合装甲を採用……」
段々と、それはもぅ、
「底面には適宜の通気通風と搭乗者による
魔術の詠唱効率を高める反応型通気機構を……」
露骨に
「次に外装各部に設置された玻璃の珠を通じて
外部の情報を逐次精確に……」
顔をしかめるはめになった。
その傍らではまたしても
バーバラが必死に笑いを堪えている。
一方カッシーニはその様に何ら拘泥せず、
景気よくベラベラとカタログスペックを語る。
どうやらかなりの機械好きらしい。
きっと満足するまで黙らないだろう。
シラクサは院長ジュレスを見た。
ジュレスは温厚篤実という形容では
少々足りぬほど、ニタついていた。
とりあえず、止むを得ず。
兎に角静聴するシラクサだったが、
「この、高い防護性と機動力を以てさながら
移動型の中央管制室として機能せしめる
機構を、参謀部は『コフィン・システム』
と名付け……」
と来て遂に我慢できなくなり、
バーバラに向き直り、どういうこと?
と言外に問うた。その心境や推して知るべし。
「中央城砦、通称『人智の境界』は
技術と英知の最先端でもあります。
あなたの着想はあちらでは、
既に実現されていたという事です」
(何ですって……)
シラクサは絶句しバーバラを、
ジュレスやカッシーニを見つめた。
二名とも何故だかいたく満足気な、
蕩けるような笑みを浮かべていた。
察するに、少なくともバーバラから
シラクサの設計による図面の話を
聞いていたのは間違いなかろう。
お陰でシラクサは益々ムスっとした。
もっとも。
三名は決してシラクサを
揶揄してなどはいなかった。
戦を知らぬ後方都市の、齢13の小娘の智謀が
人魔の大戦の最前線が百年かけて培った叡智、
その最先端に迫るところにまで達している。
その事に歓喜していたのだった。