第二楽章 彼方へと その5
結局、参謀部案件なるものの何たるかに
ついては、すぐに判るだの詳説の時間がない
だのと、良いようにはぐらかされてしまった。
大変不本意だが致し方なし。
それに毎度の事でもある。
そのうち暴き立ててやる、と
シラクサは固く心に誓った。
そう、毎度の事なのだ。
幼少より、思わせぶりな示唆や助言は
これでもかという程与えるものの、
正解は絶対に教えない。
それを彼ら幹部職員らは
シラクサに対し徹底していた。
知りたいという欲求が
いつ掻き消えるとも知れぬ
シラクサの命の灯を支えている。
そう観て絶えず薪をくべているのだった。
とまれ軍議は進んでいく。
進行は変わらずカッシーニが担った。
「未明にアウクシリウムを発った輸送大隊は
予定通りの進捗を以て騎士団領内を西進中だ。
大隊の輸送する人資。
要は補充兵の大半は民間人だ。
当然行軍経験を有していない。
そこで本番となる荒野の行軍に支障を
出さぬよう、領内の移動では演習を兼ね
相当緩やかに進んでいる。
一日目の行軍は『慣らし』だという事だ」
平原の西端に位置する騎士団領から
異形の巣食う荒野の只中に立つ中央城砦への
物資人資の補給。要は兵站線の確保は最重要だ。
よってこれは西方諸国連合下の超大国、
トリクティア、カエリア、フェルモリアの
三国が、最精鋭の旅団を用いて交代で担当する。
この三大国家は城砦騎士団長の選任元でもある。
西方諸国連合の柱石にして最大の後援者だった。
もっともこの精鋭らですら、
荒野の異形らには生餌に過ぎない。
幸いというべきか、荒野の奥地にまで。
食事は食卓まで運んで貰った方が手間が
ないとて、魔軍が輸送部隊を襲う事はない。
よって輸送部隊への軍勢規模の襲撃は稀だが
餓えた野良が単身あるいは徒党を組んで
これを摘みにやって来る事はある。
そこで連合軍、そして城砦騎士団は安全な
兵站戦の確保に苦節腐心尽力し、南北二つの
往路を確保。百年来これを用いているのだった。
「ここアウクシリウムは
騎士団領内の中央北部に位置している。
人員移送の大隊は午後8時に
領内最西端の廃墟に到着し野営。
翌未明に荒野入りし中央城砦を目指す。
特別な事情がない限り荒野の行軍では
北往路を用い、日没前後に中央城砦近郊に
到着。そこからは騎士団の戦力が護衛に参加。
翌朝に入砦式、という運びになっている」
カッシーニの口調は
下令通達時のジュレス同様、
軍師特有の金属的な響きへと変わっていた。
「シラクサ及び戦略兵器の移送は
この大規模行軍の喧騒を活かし、
隠密裏、かつ最速で行なう。
移送には騎士団参謀部の戦闘車両を用いる。
行軍速度は人資移送部隊の3倍程度だ。
ただ、それでも半日以上掛かり得る。
戦闘車両の遮光性能は万全だが、
万が一には備えたい。
よって行軍は夜間のみ。
行軍序盤の昼間は地下に潜む。
騎士団領内には血の宴以降数百年来
放置されている都市跡が散在している。
『水の文明圏』の都市跡だ。
当然地下遺構を有している。
それらを幾つか『掃除』しておいた。
進捗に応じ適宜用いる事とする」
数百年前に起きた、荒野の魔軍による
平原への大侵攻。数夜で億の人を屠り、
続く文明崩壊で数億を死に至らしめた
忌まわしき記憶、「血の宴」。
この血の宴で実際に魔軍の侵攻を受けた領域が
今の城砦騎士団領である。その大半は侵攻を
受けた当時のままの廃墟となって遺っていた。
血の宴の起こる直前まで当地で栄え
そして滅んだのは「水の文明圏」だ。
水の文明圏はかつて平原中央に存在したと
される闇の王国の系譜であり、そこでは
人と人ならざる存在が共に暮らしていたという。
人ならざる者らの中には陽光を避け
夜に華やぐ者らもいたという。
都市の廃墟にはそうした者らが専ら用いた
住居や市街等の遺構が、今なお健在な例もある。
たとえばこのアウクシリウムしかり、
騎士団領東端のラインドルフしかり。
大半は歳月の前に崩れ埋もれてしまったり、
或いは賊徒の根城にされたりもしているのだが、
今回はそれらを活かすとの事だった。