第二楽章 彼方へと その4
(……「参謀部案件」?)
カッシーニの述べた、その一言。
またそれへの周囲の露骨な反応に
頗る不穏を感じたシラクサには、
鸚鵡返しにそう問い返すより、なかった。
「あぁ、『参謀部』案件、だとも」
卓上で組んだ両の掌を左右に広げ、
お手上げとばかりにカッシーニは応じた。
城砦騎士団中央塔付属「参謀部」。
今のシラクサが知るのは組織名や
通り一片の情報のみだ。
西方諸国連合加盟国の、それも超大国の
王侯のうちより任期を伴い選出される、
「城砦騎士団長」。
本来王侯である城砦騎士団長には、
その王権の代替的な拠り所として、
中央城砦内に私領が提供される。
それが中央城砦の中枢部に屹立し
本城の大黒柱をも兼ねている
「中央塔」だ。
中央塔に詰める大多数は上記の事由から
騎士団長が本国がら伴った私兵や臣民と
城砦騎士団から抜擢された人員が詰める。
彼らは騎士団長個人のスタッフであり、
つまり騎士団の正規員数外という、
特殊な立ち位置を占めていた。
騎士団長の直下として戦闘群である
兵団各戦隊に優越し、騎士団全体規模での
機密運用と作戦立案、軍議の支援や監察等を
主任務として、日々内々に活動している。
立ち位置も役目も通常の兵団員からは
多分に不透明で、ただ漠然と
「おっかない」とまぁ、
そう思われている事も多い。
先代及び当代騎士団長はこうした
垣根を取っ払い、自身を含めた総員を
正規の城砦騎士団員として扱っている。
だがそれは直近十数年に限った話だ。
総じてみれば、今だ謎めいた存在で。
シラクサによる認識もまた
概ねこの範囲に留まっていた。
参謀部案件。案件が何かを問う以前に、
参謀部という組織そのものが謎めいている。
機密を扱うそのゆえに、
特に外部へは緘口令が敷かれていよう。
そうした事情は十分に察せられるのだが
先の言を吟味するには追加情報が必要、
それは間違いのないところ。
シラクサはカッシーニを中心として
ジュレス他この場に集う大先輩らを
その深紅の瞳で片っ端からジト見した。
が、苦笑し嘆息し或いはニタ付くも、語らず。
総員反応は判で押した如く暖簾に腕押しだ。
一言でいえば、食えない。
煮ても焼いてもまるで無理。
そこでシラクサは詰問の標的を
2名の現役城砦騎士へと絞った。
正に現役バリバリの、大いなる人の世の
守護者にして絶対強者に対し余りにも不遜、
僭越極まる行為ではある。
だがこの場に集う他の海千山千な
妖怪爺&婆よりはチョロいと観た。
そして策においては将を畏れず。
それが軍師というもので、
(ミツルギ卿、ルメール卿。
参謀部とはどういった組織なのですか?)
一切の言い訳も誤謬も許さぬ
一対一対応の唯一解のみを求め、
シラクサは実にジットリとそう問うた。
任命されたてではあるが、
この辺の貫禄は既にベテランだ。
もっとも。
シラクサが与し易しとみたこの、
若手な城砦騎士二名は実は、例外の類。
どちらも参謀部なぞ屁でもない超弩級に
厄介な訳アリお困り様上司を有しており、
平素よりそれはもぅしごかれまくっている。
ので、まったく、効果がない。
岩石の如きミツルギはものっそい
申し訳なさそうな顔と挙措も、それだけ。
ルメールは爽やかスマイルで誤魔化している。
能力は高いが経験は浅い。
よって、敵を見誤った。
シラクサ、まずは不覚であった。
もっとも、これを見かねたか。
或いは元来、現役時より参謀部に対し
思うところが余りに有り溢れていたのか。
「一言でいえば」
元歴戦の城砦騎士、
老シェスターが代わりに。
「悪の秘密結社である」
若手騎士二名は思わず吹き出し、
他の幹部らもさらに苦笑失笑。
シラクサは就職先に莫大な不安を覚えた。