第二楽章 彼方へと その3
平原の西端よりもさらに西の果て、荒野。
人魔の大戦の最前線たるその荒野の只中に
屹立する中央城砦での時間制に曰く、第四区分。
平原の人の世の時制では午後6時ちょうどを
境として、軍議はなだらかに議題を変更した。
「さて、ここからは君の話だ」
進行を担当する副院長カッシーニはシラクサに
そう告げ、次いで院長ジュレスの方を見た。
「まずは辞令だ、シラクサ。
城砦騎士団長及び軍師長両閣下よりの
下令を、当院長ジュレスが代行し通達する」
温厚篤実で知られるジュレスだが、
今その声は元参謀部筆頭軍師に相応しい
冷徹無比、鋼の硬度を伴って響いていた。
小会議室にて軍議に参加する一同は
一斉に居住まいを正し、これに傾注した。
「現刻を以て、貴君を。
西方諸国連合隷下、城砦騎士団の
中央塔付属参謀部『正軍師』へと任命する。
貴君は同時に『正祈祷士』への任命条件をも
既に満たしているのだが、こちらは現地で
秘匿技術の運用経験を積んでから、との事だ。
入砦以前の段階で、見習過程を経ず
正軍師へと任命される例は稀有だ。
貴君で実に史上2例目となる。
是非とも誇ってくれたまえ」
目のみで不敵に笑むジュレス。
(……シラクサ、拝命いたします)
シラクサは起立し敬礼、
誇れと言われはしたものの
極力淡々と、澄まし顔にて念話した。
誇りは胸中に抱くもの。
見せびらかすべきものではない、
そのようにシラクサは考えている。
だが、そうは言えどもシラクサは若い。
己が才を高く評され、心躍らぬはずもない。
念話は心情が漏れ易い事もあり、
悟られぬよう取り繕うのに必死であった。
周囲はそうした様を微笑ましく思い、
ジュレスの声の硬度も下がってきた。
或いは「1例目」な現筆頭軍師たる
自身の娘の姿を重ねたのやも知れず。
自然緩んでいくようだ。
「平原4億の人の子の頂点。
一時代に僅か数十名しか在り得ぬ域に
今貴君は立った。もっともこの小会議室に
集う面々は皆、かつてはそこで咲いた花だ。
これからは教え子というよりも
後輩として接する事となるだろう。
ただまぁ、何にせよ、気楽に気負わずに。
実力を発揮するにはそれが一番だとも。
軍師は将兵とはまた、異なるものなのだから」
早朝に今期入砦する12名の子らを見送った
式典では、他の職員の手前や進行状況も鑑み、
ジュレスは自らの「語り」を自重していた。
だが自身らが手塩に掛けて育てた教え子が、
一足飛びに時代の頂点へ。既にして天下無双の
英傑たる城砦騎士や深謀遠慮の城砦軍師らの
仲間入りを果たしたのだ。頬も心の箍も緩もう。
周囲も新たな、いっそ幼い戦友にして後輩を
得て満更ではない風情であり、ジュレスは益々
機嫌をよくして更なる心得なり経験談なりを
一席ぶちかましそうな構えとなった。
教師とは基本、話好きなものだ。
その長ともなればまず相当なもの。
これは長引くぞ、と見た彼の周囲は
相次ぐ咳払いで何とかこれを黙らせた。
「校長先生の話は長いので、
副校長から話をするよ」
教え子から後輩になったがゆえか、
こちらも一気に態度が砕けたらしき
副院長カッシーニがシラクサに告げた。
折角の機会を掻っ攫われたジュレスは
眉を八、口をへの字に曲げており、その様に
シラクサの傍らのバーバラが笑いを堪えていた。
「先の話にあった『戦略兵器』だが。
……常ならこの手のモノは一度こちらで
仮組みしたものを、輸送に適した状態に
まで解体した上で、他の物資とともに
あくまで物資としてあちらへ送る。
今回も当初はその予定、だったのだがね」
兵器は戦場で用いるもの。平時や輸送時は
必要に応じて解体し整備性や保守性を高める。
騎士団資材部が頻用する戦陣構築法にも通じる
これは、理に適った判断であるといえた。だが
「渡りに船というのか、
これ幸いというのか……
『今回は完品実働状態で。
なおかつ試用し一切合切
欲張りセットで納品にょろぴく!』
との仰せだ」
カッシーニは小さく首を振りつ嘆息を。
周囲はその様に何某かの心当たりを得て
一名を除き似たり寄ったりの挙措となった。
(にょろ……? 何の話ですか?
それに『仰せ』とは、誰が!?)
約一名、周囲の連中の反応が
まったく解せぬシラクサが問うた。
「勿論、我らが参謀長閣下だ」
となお嘆息するカッシーニ。
「これは参謀部案件なのさ、シラクサ」
或いは頭を抱え、或いはこめかみを
抑えて嘆息・失笑する周囲の様相を、
シラクサは訳がわからずジト目していた。