第二楽章 彼方へと その2
「さて、もうお一方も紹介しよう」
何やらしょんぼりと縮こまるミツルギを
尻目に、ジュレスはその隣へと話を向けた。
「城砦騎士ルメール卿だ。
兵団第一戦隊主力大隊所属。
教導隊の長を務めておられる」
「ルメールです、宜しく」
ミツルギの隣席に座すその人物、
ルメールは、朗らかな笑みで応じた。
東方風の装束のみながら岩を荒削ったが如き
押し出しのミツルギに比せば、墨色のアクトン
を纏うルメールからは華奢な印象すら受ける。
だがそれは錯覚の類で、実際は両者とも
非常識を数倍した筋骨隆々の体躯であった。
ルメールの場合は重甲冑専用の鎧下である
アクトンの外観と、芸術的なまでに均整の
取れた筋肉の付き具合が原因だ。
ざっと観立てた戦力指数は15.5。
専用の重甲冑を纏えば17以上に至ろう。
騎士会の序列では「中堅」という事になる。
確か「若手」筆頭騎士だったはずだが、
と脳裏の情報を更新しつつ
(はじめましてルメール卿。
シラクサです。宜しくお願いします)
とシラクサは一礼した。
「ルメール卿は『黒の月』明けの
特別休暇のために帰境されていた。
ミツルギ卿とは親交深く、
共に帰砦される予定との事だ。
そこで共々に軍議への参画等
諸々の協力をお願いしている」
とジュレス。
「諸々の協力」が自身の入砦にも
関与している可能性を鑑みて、
(そうでしたか。
御二方とも、有難うございます)
とシラクサは再度両騎士へと一礼した。
「何の、礼には及びませぬ」
ミツルギはこれに恐縮し
「どうかお気になさらず。
大先輩のたっての願いですので」
とルメールは笑み、
「おぃ、余計な事を言うな」
「おっと」
シェスターにジロリと睨まれ
小さく肩をすくめてみせた。
元城砦騎士であるシェスターは
第一戦隊主力大隊の教導隊長だった。
やや世代が離れてはいるが、面識は
十二分にあるらしいとシラクサは理解した。
その上で、シェスターの言動の
真意を計るべく視線を向けたものの
苦虫塗れの顔付きであったため、諦めた。
「さて挨拶も済んだ、議題に戻ろう」
そう告げる軍議の進行役は
副院長のカッシーニだ。
「議題は此度の大規模な人資移送に
並行する、戦略兵器の移送についてだ」
カッシーニは議題を語りはしたが、
途中参加のシラクサ向けに時間を
とって詳説まではしなかった。
軍議は飽く迄再開を呈していた。
そこでシラクサは飛び交う情報の断片から
脳裏で状況を再構築、以下の如くに理解した。
どうやら今期の大規模な補充兵移送は
その実、魔軍への囮を兼ねているらしい。
補充兵の大部分は西方諸国連合下の平民だ。
当然ながら軍務も行軍も経験した事がない。
そんな不慣れな戦えぬ人の群れを率いて
敵地の只中な陸の孤島へ一日半掛けて運ぶ。
いかに黒の月の終了直後で魔軍の
残党が激減しているといえども。
いやむしろ魔軍としての統率を失った
異形らが野放しな状態である事を思えば。
おっかなびっくりよちよち進む
補充兵の群れは最高のご馳走だろう。
よって補充兵らが餌箱である中央城砦へと
放り込まれるその前に、ちょいとひょいぱく
摘みに来る、そんな蓋然性は相当高いと言えた。
だが同時に。魔軍としての統制がまったく
取れなくなる程度に、荒野東域異形の数が
激減しているのもまた、厳然たる事実なのだ。
よって今期の移送では、常ならば補充兵の
一部として行軍するはずの城砦の子らを
入砦に先駆けて軍務に就かせ、戦闘経験の
確保も兼ねた積極的な迎撃を担当させていた。
そしてこれにより。
時間的にも物理的にも
余裕の失せた異形らを尻目に。
本命の戦略兵器を安全に移送する。
そういう二段構えの策との事だった。
生まれつき魔力を有する
城砦の子らは兎も角として。
並の補充兵は老若男女強弱を問わず、
人智の外なる異形と対峙し未曾有の
恐怖を克服して戦う意思を示せねば。
すなわち恐怖判定に成功せぬ事には騎士団の
対異形用の戦力としては、使い物にならない。
そういう点で補充兵とは、数が多くとも
戦力としての価値は不安定で不完全なのだ。
一方兵器は中央城砦に届きさえすれば確実に
戦力として計上し得る。戦略級ともなれば
なおの事、補充兵より重要度や優先度は高い。
よってこの策は、所謂人並みの心情を度外視
すれば、極めて合理的で最善のものと言えた。
少なくともこの場にこの策へ異議を唱える
者はいなかった。皆ただ粛々と荒野東域の
異形の現状を分析し、南北二つの往路のうち
どちらを如何に利用するかを検討し、詳細を
詰めているに過ぎなかった。
見習いといえどもシラクサとて既に
人類の叡智、その頂点たる城砦軍師だ。
策それ自体には聊かの疑念も蟠りもない。
ただ、それとは別の話として。
城砦騎士団が中央城砦で用いる兵器の
大半は、平原のそれより遥かに大規模だ。
それに中央城砦には平原の水準を遥かに
超えた技術と知識の蓄積があり、参謀部や
資材部、武具工房の技術水準は文字通り
人智の境界を踏み越えたものであるはず。
であるなら戦略兵器の類などはあちらで
自作した方が遥かに合理的なはず。
にもかかわらず
わざわざ平原から。
囮まで使って、恐らくは
城砦騎士まで護衛に付けて。
そうまでして運ぶ戦略兵器。
それは一体、如何なるものなのか。
シラクサには策の内容以上に
その点が気掛かりでならなかった。